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キャスティングの奇跡~『なつやすみの巨匠』製作秘話5

東京でも並行していたキャスティング

子役と一部キャストは地元福岡でオーディションを行いましたが、全キャストではありません。主人公の両親など、重要なキャラは全国的に知名度のある役者さんをキャスティングするつもりでした。
この作品に出資して下さる企業も徐々に増えつつあり、もう自分たちだけの話ではありません。商売としてある程度は動員が見込める方策を採らなければただの自己満足で終わってしまいます。テレビに出ているような役者さんがロケ地に来るとなればきっと盛り上がることでしょう。そういったお祭り感も重要。
要はバランス感覚です。インディーズの切実さ、健気さメジャーのあざとさ、したたかさ。両極を包含するハイブリッドな映画。これが我々の目指す、我々にしか作れない映画である、と。

その辺がやはり純然たる自主映画とは考え方が違うのかも知れません。メジャーに対抗するなら作家性だけで勝負するのがスジなのでしょうが、キャリア10年の脚本家として積み上げてきた実績や名前が役立つならためらわず活用する考えでした。


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国生さゆりさんとのご縁

とはいえ、一介の脚本家に芸能事務所との繋がりなどありません。キャスティングはプロデューサーの領域だからです。
かつて『刑事の証明6』というテレ東2時間ドラマの脚本を書きました。プロデューサーに聞いたところ、メインゲスト候補の国生さゆりさんが僕のホンを凄く気に入って下さっているとのこと。
まだ初稿の段階でのオファーにもかかわらず、「この役をやれるのは私しかいない、やらせて欲しい」と言ってきたそうです。脚本家冥利に尽きる言葉です。

言葉通り、国生さんは鬼気迫る熱演で見事に役を演じ切ってくれました。ちょうど現場へ見学に来ていた僕は感激のあまり、思わず涙。この気持ちをどうしても伝えたくて、控え室へ戻っていく国生さんを追いかけ、感謝の気持ちを述べました。すると国生さんも喜んで下さり、
「こちらこそ素敵なホンをありがとうございました」

それから一年も経たないうちに、また国生さんとご一緒する機会に恵まれました。僕が一作目から書いている2時間ドラマ『釣り刑事』シリーズの第6弾、しかもまたメインゲストという形で。
聞けば国生さん、今回のホンも気に入っているそう。二度も仕事をしたんだからこれはご縁だろうと勝手に考え、現場で恐る恐る切り出してみました。

「あの……僕、この夏福岡で映画を撮るんですけど……もし良かったら主人公のお母さん役で出て頂けませんか?」
すると国生さんは即答で、
「是非やらせて下さい」
思わず耳を疑ってしまいました。
「母親役、やりたいと思ってたんです。いつも怖い犯人役ばかりだし(笑)」

信じられないことですが、全てのタイミングが見事に合致したのでしょう。全国のお茶の間でおなじみの国生さんが、重要な母親役に!
とはいえ低予算なのでそんなにたくさんギャラは支払えません。それこそテレビドラマなどと比べたら話にならないレベルです。正直にマネージャーさんにも伝えたところ、快くOKを頂きました。
話の分かるマネージャーさんで良かった。何より、国生さんには本当に感謝しかありません。まだホンも読んでいないのに、僕を信用して下さったのですから。

ただし、こんなことはイレギュラーですし、業界ではルール違反でもあります。僕は会社を持っているわけでもないただの個人、フリーランスです。何かあった時に責任が取れるかというと厳しいでしょう。また、撮影現場で別作品のオファーをするのも非常識です。断ると角が立つので引き受けた可能性だってあるのです。
事前にプロデューサーに相談して許可はもらっていましたが、これも長年一緒に仕事をして気心の知れた間柄だったからこそです。これから自主映画を作ろうという人は決して真似しないで下さい。事故になります。マジで。

ともあれ、国生さんの出演決定は大きな弾みとなりました。これが2014年の3月、実はクラウドファンディングや福岡オーディションの前から内定していたんですね。だからこそ自信を持って企画を進められたという側面もあります。地元の出資者の信用を得るという意味でも。

プロデューサー現る

さて、徐々に話が大きくなるにつれて僕と監督だけでは処理しきれない問題も増えてきました。二人ともフリーランスで契約書もロクに書いたことがないため、事務所や出資企業を相手にどうすればいいのか分からないのです。
こんな体制でまあよく映画を作ろうと思ったものです。

が、ピンチになると必ず誰かが手を差し伸べてくれるもので、絶妙のタイミングでプロデューサーをやってもいいよという人が現れたのです。
半田健さんといい、以前に監督と仕事をしたことがある制作会社の代表です。彼もまた我々の志に共感し、今の映画業界に一矢報いんとばかりに仲間に加わってくれました。

これでやっと監督・脚本家・プロデューサーという三権分立が成立したことになります。お金や契約などの実務を半田さんが引き受けてくれたおかげで、僕と監督は福岡での宣伝や営業活動に専念することが出来たのです。理想的な分業体制でした。

怒濤のキャスティング

半田さんは普段はのんびりしているのですが、実は相当な切れ者。一体何をどうしているのやら、突然ビックリするような大物役者をキャスティングしてきたりします。
キャスティングに関しての僕からの要望は、出来れば福岡出身者で固めたいということでした。リアルな博多弁が売りですし、地元での話題性にも繋がるからです。国生さんは鹿児島出身ですが、同じ九州ということで博多弁も違和感なくこなしてくれるでしょう。
とりわけ主人公シュンの父親役は最重要で、僕の中ではこの人しかいない!というイメージがありました。すると半田さん、飄々とした顔で、

「決まりましたよ、入江さんの希望通りに」


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シュンの父・和由役 博多華丸

ウソやろ!?何度も叫んでしまうほど驚きました。今やテレビで引っ張りだこ、最も多忙な芸人といってもいい華丸さんが出演して下さるなんて。ミスター福岡、役者としても味のある名優であることは『めんたいぴりり』で証明されています。

半田さんはさらに次々とキャスティングを決めてきました。



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ユイの母・佳枝役 板谷由夏

ヒロイン・ユイの母親役として板谷由夏さん!
数々のドラマに出演、ニュース番組のキャスターも務め、テレビでこの人を見ない日はないというくらい。彼女もまた福岡出身で、実はかつて SOUTH END × YUKA というラップユニットで華丸さんと組んでいたというコアな繋がりもあったりします。



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子供好きのマイルドヤンキー・佐古晃役 落合モトキ

映画を中心に活躍中の若手俳優、落合モトキさん。「この映画にも出ていたのか!」というくらい変幻自在の役者さんで、若い女性にも人気。
映画では子供たちと大人との橋渡しとして重要な役割を演じるキャラです。演技力に定評があり、彼をキャスティングした半田さんのセンスはさすがだと思いました。
彼だけ東京出身なのですが、準備期間を多めに取って頂いたので博多弁に関しては問題ありませんでした。

最後に、僕も監督も全く予想していなかった大物俳優が……



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佐古の兄貴分・松崎良三役 リリー・フランキー

福岡出身、リリー・フランキーさんです!
もはや説明不要、日本を代表する名優であり多彩なアーティスト。僕も監督も、みんな大好きリリーさん。そんな方が出て下さるなんて……!ちょっと鳥肌が立ったのを覚えています。半田さんによれば以前、別の仕事でご一緒して繋がりがあったからだとか。それにしたって凄すぎでしょう。

Made in Fukuoka Film の胎動

通常キャスティングといえば様々な思惑やしがらみがつきまとうものですが、今回に関してはメジャー映画にありがちな政治が一切ない、理想的なキャスティングだったと思います。
子役は地元採用、大人も福岡にゆかりのあるキャストが揃い、出資も全て福岡の企業、これで「メイド・イン・福岡」の体裁が整いました。
きっと福岡の人にも受け容れられると確信しました。

東京から資本がやって来て、上っ面だけはそれっぽいご当地映画を作り、サーカスのように去っていく。後には何も残らない。地方にはそんな事例が多くあり、商店街にはあからさまに警戒する人たちも確かにいました。また自分たちは利用されるだけなんじゃないか、と。
でもこれだけ福岡LOVEな映画もそうそうないと思います。それは現地で営業回りをしていても先方の反応からひしひしと感じました。

それにしても、半田さんは一体どんな技を使ってこんなキャスティングを成立させたのでしょう。ギャラだって普段の仕事より格段に低いのに。
これだけは未だに分かりません。蛇の道は蛇、というやつです。
ただ一つ言えるのは、皆さん僕のホンを読んだうえで出演を決めて下さったということ。人を動かすのはまず熱意だということです。

さて、実は7月18日からnote上にてあるプロジェクトを立ち上げるため、こちらの更新はぼちぼちでやっていこうと思います。
映画完成までの道のりは公式サイトの製作日誌で詳述しているため、こちらではむしろその後のこと、配給や興行がどうだったのかについて総括していければと思っています。しんどいことばかりでホントは書きたくないのですが、発起人としての責任を全うせねばと。

引き続きご注目のほど、よろしくお願い致します。

【つづく】

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