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8月12日(水) ~シュンのひみつ日記

 いつもなら朝ご飯のときは海の上にいる父ちゃんが、きょうはみんなといっしょに食べていた。雨だから漁が休みになったんだと思う。たぶん。考えない考えない。

 雨は昼すぎにやむみたいなので、ノブにれんらくしてタケちゃんを島に呼ぶことにした。あいつのことはちょっとむかついている。あいつはザコ兄のけがのとき、一ばん最初に逃げた。ノブはぼくが逃げろと言ったからいいんだけど。最近いろいろあってユイにも会えなくてイライラするので、タケちゃんをくらそうと思った。

 東の浜まで、自転車で行った。さっきまで雨が降ってたので、地面がべちゃべちゃだ。
 アジトの外に、タケちゃんとノブがいた。タケちゃんはぼくの顔を見ようとしない。ぼくもそうだけど、悪いことをしたやつって、だいたいこうだ。
 ぼくはさっそく、こないだのことを聞いてみた。
「何であんとき自分だけ逃げたとや?」
 タケちゃんはだまっていた。何でか、ノブがかばうみたいなことを言った。
「いやいや、ぼくだって逃げたやん。佐古兄ちゃん死んだって、マジで思ったもん」

 ぼくは、こないだタケちゃんの家に行ったときのことを思い出した。タケちゃんの母ちゃんが、そういえば変なことを言っていた。「前の学校でいろいろあって」って。ちょっとためしてみよう。
「タケちゃんさ、街でいじめられよったっちゃろ?」
「は?」
「やけん、うちの学校に逃げてきたっちゃろ? 街に住んどうくせに」
 タケちゃんのほっぺたがぷるぷるしてきた。やっぱりそうなんだ。
「すぐ逃げるもんね。おれたちが先生に怒られよったら、いっつもおらんくなるやん。ズルかー。逃げるけんいじめられるったい」
 そしたら、タケちゃんが初めてキレた。
「逃げとらん! テキトー言うな!」
 ぼくを突き飛ばしてきたので、ぼくもやり返した。
「逃げとろうが!」
「逃げとらん!」
「逃げとろうが!」
「逃げとらんって言いよろうが!」
 ぼくとタケちゃんはとっくみあいのケンカになった。おたがい馬乗りになったりしたので、もうどろんこだ。年は向こうが一つ上だけど、力じゃ負けない。ノブはおろおろするだけだった。
「やめてって! 大人になろうよー!」
 ぼくがタケちゃんにつばをはきかけると、向こうもはいてきた。本気で腹が立ってきたので、メガネを取って投げ捨ててやった。
「何するとや!」
「うるさいったい!」

 二人とも疲れてきたので、何となくはなれた。あのままやっていたら、ぜったいぼくが勝っていた。タケちゃんはメガネを拾いに行って、何かぶつぶつ言いながら戻ってきた。
「だいたいお前、なんも説明せんかったやろうが。なんがE.T.ごっこや。知っとったら手伝いげなするか。大事なことは言わんくせに、逃げたもクソもなかろうが。スジが通っとらんったい」
 言われてみて、たしかにそうかもと思った。
「シュンってホント、自分だけやもんな。自分自分。いっぺん全部なくしたら分かるっちゃないとや? おれはもうつきあいきれん」
 タケちゃんはそう言って帰っていった。ノブも少し迷ったあと、タケちゃんについていった。ぼくは自転車を押しながら、どろんこのくつで家に帰った。

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 今ごろ気づいた。ぼくは全部なくしたんだ。映画も、ユイも、ザコ兄も、タケちゃんも、ノブも。無敵だったはずなのに。
 どうしたらいいんだろう。誰かをやっつけたら解決するんならいいけど、ぼくはぼくをやっつけられない。
 なんか、消えたい。

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明日のにっき

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