8月9日(日) ~シュンのひみつ日記
きのうタケちゃんに電話して、ザコ兄と島に来るように言っておいた。フェリー乗り場へむかえに行って、二人に説明した。
「今日はE.T.ごっこやるけん」
「E.T.ごっこ? 何かよう分からんけど、まあよか」
ザコ兄は、ユイにしたことなんかすっかり忘れたみたいな顔で、タケちゃんとバスに乗りこんでいった。ノブのケータイでタケちゃんと連絡を取り合う。島には上の方に展望台があって、その近くに自転車もカッパも置いてある。
「ザコ兄にカッパ着てもらって、自転車で坂道ば一気に下りてって伝えて。あとブレーキはギリギリまでかけんようにって」
「うん、分かった」
ぼくとユイとノブは坂道の突き当たりの、ガードレールの近くに隠れていた。ガードレールの下はみかん畑で、がけの高さは3メートルくらいある。
「それじゃ、レディ・アクション!」
ザコ兄が口笛を鳴らしながら、坂道を下っていく音がケータイから聞こえた。
しばらくして、坂の向こうからザコ兄のさけぶ声がした。
「止まらん! どげんなっとっとやこれ!」
ユイに言われたとおり、ブレーキにはさいくをしておいた。ザコ兄は運動神経はいいから、見事にジャンプを決めてくれるだろう。
「シュン、なんか佐古兄ちゃん、さけびようよ?」
何も知らないノブが言ってきた。ぼくはカメラをかまえて、録画ボタンを押した。
ザコ兄の自転車がすごいスピードで坂道を下りてきた。そのままカーブできなくて、ザコ兄はジャンプ台にとっしんした。
「わあーーー!」
ザコ兄が自転車ごと空を飛んだ。まさにE.T.だった。そのあと、みかん畑からガシャーン! とものすごい音がした。
やばい、と思って、ぼくはみかん畑までかけ下りていった。そこには、ぐしゃぐしゃになった自転車と、ザコ兄がたおれていた。
とれたての魚みたいにぴくぴくしていて、口からは黄色い変な泡をふいていて、足はおかしな方向に曲がっていた。
ユイは真っ青な顔でぼくの横に立ったまま。遅れて来たノブもショックだったみたいで、
「なんこれ! なんこれ!」とさわいでいた。
どうしよう、と考えていたら、がけの上のガードレールからタケちゃんが顔を出して、
「おれ、知らんけんな!」と走って逃げていった。
畑から立花のおばちゃんが来て、「何ねこれは!」と言って、他の大人を呼びにいった。ぼくは、ユイを何とかしたくて、
「ユイは逃げろ! 何か聞かれても知らんって言えよ! ノブも!」
と言うと、二人とも走っていった。
ザコ兄は軽トラで運ばれていった。ぼくは自転車で追いかけて、フェリー乗り場で追いついた。高速船を呼んで向こうの大きな病院に行くらしい。
ぼくもたのんで乗せてもらった。ザコ兄はもう、いしきがなかった。
このまま死んでしまったら、どうしよう。こわくて足がびんぼうゆすりみたいにガタガタなって、いくら押さえつけても止まらなかった。
ザコ兄が手じゅつ室に入って二時間くらいたった。立花のおばちゃんと嶋村のおじちゃんはずっと立ったままで、ぼくには何も聞いてこなかった。向こうから父ちゃんが走ってきた。
それと同時に、手じゅつ室からお医者さんが出てきた。父ちゃんが「どげんですか?」と聞いたら、お医者さんは「命にべつじょうはありませんが」と言った。足のナントカ骨が折れていて、ろっこつにもヒビが入っています。頭も強く打っているので、せいみつ検査をします。二、三週間は入院が必要です。
それを聞いた父ちゃんが、鬼のような顔でぎろりとぼくを見て、げんこつをふりあげた。
「シュン!」
ぶんなぐられる、と思った。でも、何でか、動きが止まった。床に置いていたバッグをじっと見ている。カメラが入った白いスポーツバッグで、これも父ちゃんのおさがりだ。
「お前はもう帰れ」
と、バッグをぼくに持たせて言った。悪いのはぼくだから、かくごはしてたのに。
そしたら、今度は母ちゃんが走ってきた。
「シュン! あんた、佐古くんに何ばしたとね!」
父ちゃんを押しのけて、ぼくの前に立って、
「いっつも悪さばっかりしようけん、限度は分かっとろうが! どげな結果になるか、分からんかったとね!」
ぼくがだまっていたら、母ちゃんはぼくをじっと見て、
「ユイちゃんが関係しとうと?」
ドキッとした。ぜったいにばれたらダメだ。ユイが島にいられなくなってしまう。ぼくが一人でやったんだ。
「答えんね! 佐古くんに何したと!」
「あんなやつ、死ねばいいったい」
何でか、ユイが言った言葉が出てきた。そうだ、ぼくがそう思ったんだ。ユイじゃない。
そしたら、ほっぺたがいきなり熱くなって、あとからビリビリして目から火花が出た。母ちゃんがビンタしたのだ。
「いけん。そげんこと言ったらいけん!」
ぼくはもう頭の中がこんらんして、また言ってしまった。
「死ねばいいったい!」
「シュン!」
父ちゃんまで大声を出してきたので、ぼくはバッグを持って逃げた。でも、ホントにぼくがそう思ったんだ。ザコは死ねばいいって思ったから、あんなことができたんだ。ユイじゃない!
病院のうらの、誰も来ないところでしばらく時間をつぶした。暑いし一人だし、きつかった。もう日が暮れかかってきた。
父ちゃんたちがいないのをかくにんしてから、ザコ兄の病室に入ってみた。ザコ兄は体じゅうを包帯で巻かれていて、ミイラ男みたいだった。
ザコ兄は寝ていた。何かの機械がいくつも並んでいて、よく分からん数字が表示されている。足首のところが、びっくりするくらいはれていた。ムカデにかまれたときより、もっとだ。ぼくは思わず、バッグを落としてしまった。
「……おるとや? シュン……」
ザコ兄が、その音で目をさましてしまった。ぼくのほうを見ていないのに、何で分かったんだろう。
「ザコ兄、ごめん……」
ぼくはひどいことをした。友達なのに、死んでもいいと思ってしまった。もう友達には戻ってくれないだろうし、ずっとぼくにむかつくだろう。
ザコ兄が首をゆっくりと動かして、ぼくのほうを見た。そして、言った。
「きさん……ぼてくりまわすぞ……」
ぼくたちがイタズラをしたとき、怒っていつも言うせりふだ。ボコボコにするぞ、って言いながら、ザコ兄は一度もぼくたちをたたいたことはなかった。怒ってなんかいなかったのかも。怒ったふりをしてただけなのかも。
ザコ兄は、体じゅう痛いはずなのに、今も笑ってぼくを見ている。ぎゃくに、ぼくが泣きそうになった。
「ザコ兄、ホントにごめん」
ぼくは、それしか言えなかった。
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