8月19日(水) ~シュンのひみつ日記
今日はやっとユイに会える。母ちゃんに天神で買ってもらった一番カッコいい服を着た。
東の浜に三時。あんまり早く行ったら、きたいしてるみたいに思われるので、ギリギリに行った。ユイが丸太のベンチに座って、海を見ていた。
麦わら帽子に、四つ葉のクローバーの柄が入った白いワンピース。ぼくが最初にユイを撮るときに「一番いいカッコして来いよ」と言ったときのやつだ。声をかけたら、チラッとこっちを見た。顔は笑ってない。きんちょうしてるのかな。
ぼくもとなりに座った。海の向こうにタワーとドームが見える。そういえば夏休みが始まってもう一ヶ月だ。
「もうすぐ夏休みも終わるな」
何から話せばいいか分からなかったので、どうでもいいことを言った。ユイはウンともスンとも言わない。けど、何か言いたそうにしてる。テレてるのか?
「私、島を出ることにした」
は? 何を言ってるんだ。
「あんなこともあったし、もうここにはおられんもん」
ザコ兄の事件のことか。きのうザコ兄にあやまりに行ったやん。島のみんなにも、ちゃんと説明すれば分かってもらえるのに。
「どういうことや。だいたい島ば出て、どうするとや?」
「お母さんと暮らす。やけん、もう……シュンとは会わん」
は? びっくりした。さっぱり分からん。
「母ちゃんと暮らすなら暮らせばいいやん。何でおれと会わんことになるとや?」
ユイがだまって立ち上がるので、ぼくも立ち上がった。ユイは麦わら帽子を取って、ぼくと向き合った。
「もう、決めたけん」
「やけん、何でや、って聞きようったい。島に住まんでちゃ、いくらでも会えろうもん」
ユイは何も答えない。引き止めたくて、あの約束のことを持ち出した。
「映画はどうすっとや? お前ばハリウッドに連れてくって、おれ……」
言い終わる前に、ユイが困ったような顔で言った。
「もう……分かって」
分かるか! イライラした。何も説明してくれない。ぼくがどれだけ心配したか、分かってない。
「もうよか! お前げな好かん! どっか行け!」
言ってしまったので、ぼくが帰るしかなくなった。「つきあって」って言われるかも、とか思ってた自分がバカみたいだ。
ぼくが歩き出してだいぶたってから、後ろでユイが「シュン!」とさけんだ。
「別に、好きでも好かんでもいい。ただ……忘れんで!」
ぼくは、ユイの言ってる意味が分からなかった。だから振り向かなかった。ちょっとしてからチラッと見てみたら、もうユイは向こう側に歩き出していた。分からないことだらけで、イライラして砂を思い切りけった。
ひょっとしたら戻ってくるかも、ってしばらく浜でボーッとしてたんだけど、来るわけない。
ユイは何が言いたかったんだろう。母ちゃんと暮らすってことは、あの箱崎のオンボロアパートにまた住むってことだよな。でもブラジル人の父ちゃんはたしか今月いっぱいでブラジルに帰らされる。強制そうかん、ってやつ。じゃあ母ちゃんは、りこんを決めたってことだ。
それで何で、もう会えないとか言うんだろう。ぼくと関わるな、って親に言われたのかな。だんだん空が暗くなってきた。ぼくは、ひとさし指を空に向けた。ビリビリはしなかった。当たり前だ。一人なんだから。
よろしければサポートをお願いします。取材旅行等、今後の作品をより良いものにするための費用に充てたいと思います。