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8月6日(木) ~シュンのひみつ日記

 きのうのことがずっとあった。イライラするし、ユイが心配だ。またあいつらが島に来るかも知れないし。

 それよりも、ザコ兄だ。あいつがひげにしゃべったとしか思えん。ぼくはフェリーで街に出て、ザコ兄がバイトしている西新のローソンまで行ってみた。

 店の人に聞いたら、ザコ兄はちょうど休けい中で、しばらくしたら戻ってきた。ぼくがきのうのことを話すと、ザコ兄はすまなそうに言った。
「そうやったとや……シュン、すまんかった」
 最初は、ぼくたちと能古島で映画を作っている話をしたんだって。で、ヒロインがユイっていうハーフの子だと言ったら、ひげが「くわしく教えろ」と言ったらしい。

「ザコ兄はひげが何しに行くか分かっとったと?」
「うん、まあ……ユイちゃんば連れ去ろうとするやろなあ、って」
「ふざけんな!」
 ザコ兄は分かっていて教えたのだ。
「やけん、すまんって言いようやん。おれにとってマツザキさんは親同然の人やけん、逆らえんったい……」
 あのひげはマツザキっていうらしい。そういえば爆竹ドッキリのときもそう言ってた。とにかく、何とかしないとあいつはまたユイをさらいに来る。
「ひげは今日はどこにおると?」
「んー、中洲のザインっちゅう店におるやろな。ていうか、夜はだいたいそこにおる。そげんこと聞いてどうするとや?」
 作戦会議だ。それにはまず参ぼうが必要だ。
「ケータイ貸して。タケちゃんに電話する」

 電話でタケちゃんから聞いた住所に、自転車で行った。母ちゃんが言ってた薬院のハイソックスなところって、この辺か。タケちゃんのマンションは六階建てで、新しくてがんじょうそうだった。
「暑かったやろ。入り」
 初めてタケちゃんの家に入った。ろうかは床が白くてツルツルしてて、走ってきたチワワもツルツルすべってた。
 タケちゃんの部屋はぼくの部屋の二倍くらい広かった。タケちゃんの母ちゃんがコーヒーとケーキを持ってきてくれた。
「いつもタケルと仲良くしてくれてありがとうね。この子、前の学校でいろいろあったけん……」
「母さん」
「あ、ごめんなさい」
 そう言ってさっさと出ていった。前の学校? 何のことだ?

「それよりシュン、話ってなん?」
 ぼくはきのうのことを全部話した。タケちゃんは「なるほどなあ」と、かしこそうな顔になった。ユイのことよりも、ひげが自分で自分の手を切ったことにきょうみがあるみたいだった。
「あれ、どういうことなん?」
「野中さんを犯人にすることで、警察に言えんようにしたっちゃろ」
 そういうことか! やっぱりタケちゃんは頭がいい。
「でも、ぎゃくに言えば、自分たちも警察に言えんようなことをしとうってことやな」
「どうやったらあいつらばやっつけられる?」
「そうやなあ……シュン、ゴッドファーザーって見たことある?」
「うん、父ちゃんが大好きやけん」
「中洲ばウロウロするならスーツがいるけんな。じゃあ、ゴッドファーザー作戦でいこう!」
 ひさしぶりに参ぼうタケちゃんのさくれつだ。作戦を聞いて、わくわくした。ぼくは一度島に戻って、夜にまた集合することにした。

 晩ご飯のあと、父ちゃんがめったに着ないスーツをふくろに入れて、こっそりと家を出た。フェリー乗り場でノブが待っていた。くわしいことは何も言ってない。ただ父ちゃんのスーツを借りてこいと言っただけだ。

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 姪浜から自転車で中洲まで行く。やっぱり夜の中洲はぜんぜん違う。きれいな女の人が道にいっぱい立っていて、よっぱらいのうるさい声がした。
 予定どおり、であい橋でタケちゃんと合流した。
「よし、行こう」

 ザインという店にしのびこむ。ぼくたちはほふく前進をしたので、入口でもばれなかった。キラキラした中に入ると、おくのほうにひげとプロレスラーがいた。きれいな女の人に囲まれて、へらへらしている。きのうのことを思い出してまたキンタマがキュッとなったけど、ここで負けたらおわりだ。

 ぼくの合図で、ぼくたちはひげの前に立った。女の人たちがふしぎそうに見た。
「まあ、かわいいお客さんねえ」
「誰の子? 私じゃなかよ」
 ぼくたちは親に借りたスーツを着ていた。ダボダボだったけど、そこはしかたない。そして、黒く塗った麦わら帽子とおもちゃのサングラスをかけていた。イタリアのマフィンだ。

 タケちゃんがぼくのビデオカメラをかまえ、ぼくとノブは黒く塗った電動の水鉄砲をかまえた。
「おう、巨匠やないか。映画のロケか?」
 そう言ってひげは笑った。笑っていられるのも今のうちだ。
「くらえ!」
 ぼくはひげに、ノブはプロレスラーに水鉄砲を発射した! 中には液体せっけんをしこんでいるので、ひげとプロレスラーの顔は泡まみれになった。
「うわあっ!」
 プロレスラーがびっくりして、ひざをテーブルにぶつけた。女の人たちは「何のドッキリ?」とか言って大笑い。
 でも、ひげは何でか反応もなくて、ただじっとしている。
「タケちゃん、今の撮った?」
「ばっちり」
 ここでぼくはひっさつワードを言った。
「こんど島に来たら、ユーチューブにアップするけん」
 タケちゃんによれば、悪い大人はこれを言われるのが一ばんいやらしい。よし決まった! と思ったら、ちょうしに乗ったノブが、
「大人になれよ」
 と、よけいなことを言ったので、だいなしだ。
 プロレスラーが怒って立ち上がったので、ぼくは身がまえた。でも、ひげがプロレスラーをおさえて、何でか急に笑い出した。やっつけられたのに、何がおかしいんだ。とにかく、今のうちだ。
「逃げるぜ!」

 ぼくたちはダッシュで逃げた。逃げる途中、ノブが、「ところであのおっちゃん、誰なん?」と言った。
「シュンお前、言っとらんかったとや?」
「言ったらぜったい来んめえが!」
 ぼくは、きのうのリベンジができて気持ちよかった。あいつらはもう島には来ないだろう。これでユイを守ってやれた。

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明日のにっき

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