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パフォーマーの価値をテクノロジーで向上させる



藤本 実(MPLUSPLUS(株)代表取締役社長)

 2022年4月に公開されたAKB48のMV「元カレです」の監督を担当しました.自分がこれまでテーマにしてきた”身体表現の拡張”の集大成といえる作品になったのでぜひ一度見ていただきたいです.10年以上かかりましたが,やっと人間のパフォーマンスの解像度は落とさずに空間全体を使ってダンスの躍動感を拡張したり,空間と人間が一体化しているような感覚を提示できたのではないかと思っています.アカデミックから離れて9年が経ちますが,自分としてはずっと研究を続けている気持ちです.

 巻頭コラムを依頼されて色々考えましたが,普段の取材では聞かれないことにしようと思い,タイトルのテーマについて書いてみます.

 自分はテクノロジーを使って新しい演出を創り出すということを仕事にしているのですが,元々ブレイクダンスをやっていたことがすべての始まりになります.ダンスがうまくなりたいという思いはあったのですが仕事にできるほどではなく,大学に入ったもののダンスを中心に生活していたため何のスキルも身につかないまま4年生になってしまいました.しかし,神戸大学塚本研究室に所属してウェアラブルコンピューティングの研究に出会い,研究テーマを考える作業がダンスの技や振り付けを考えているときと同じような感覚ですごく興奮しました.好きなダンスへのかかわり方は自身が踊るだけではないというのに気付けた瞬間でもあります.

 研究成果を元に会社を設立しビジネスとしてダンスに接して分かったことは,日本はパフォーマーの価値を認めていない国だということです.ストリートダンスの人口は増えているのに職業としてはまだ成立していません.2021年にスタートした世界初のプロダンスリーグ「D.LEAGUE」によってプロダンサーという職業が生まれ,ようやくスタートラインに立ったと言えます.小さいころ自分が野球をやっていてイチロー選手に憧れたように,子供にとって憧れの職業になればシーンとして発展できるのではないかなと思います.

 また,会社でLEDフラッグやLEDリボンなどダンス向け以外のプロダクトを開発するに伴い,さまざまなパフォーマーと出会う機会も増えました.そして,ダンスと同様に各分野で超一流の実績を持つ人たちがパフォーマンスだけでは生活できずほかの仕事をやりながら続けていることを目のあたりにしました.自分たちはこれまでテクノロジーを使って世界で誰も見たことがないパフォーマンスを作り出すことで,パフォーマーへの報酬を引き上げることを微力ながら実現してきました.コロナ禍によって対面でのかかわりは抑制され,メタバースが注目を集める中,自分がやっていることは時代に合っていないかもしれません.

 しかし,人間による身体表現ほど情報量が多いコンテンツはなく,それゆえ人を感動させることができるのだと思います.テクノロジーを組み合わせることでパフォーマーの価値を上げ,活躍できる場を多く作り出すことが自分のミッションであり,これからも突き進みたいと思います.

(「情報処理」2022年8月号掲載)

■ 藤本 実
MPLUSPLUS(株)代表取締役社長.兵庫出身.2012年神戸大学大学院にて博士(工学)取得.大学教員を経て2013年Technology&Creatorの集合体であるMPLUSPLUS(株)設立.自身の経験から演者視点に立ち,演出ありきのシステム開発を行うことでこれまでの概念にとらわれないパフォーマンスの新しいジャンルを生み出し続ける.2010年IPAよりスーパークリエータに認定される.