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歌舞伎の伝統と革新を追求する


中村 獅童(歌舞伎俳優)

 歌舞伎は伝統的な芸能として扱われていますが,そもそもは大衆の娯楽として生まれ,約400年間もの間続いている芸能です.江戸時代にはその当時流行していたモノやコト,また能や狂言をうまく取り入れ,身近なものとして親しんでもらうことで発展してきました.

 現在,伝統的な歌舞伎を演じる以外に,初音ミクさんと「超歌舞伎」という新しい歌舞伎を演じさせてもらっていますが,もし江戸時代にデジタルというものの存在があれば,私と同じように当時の歌舞伎役者もデジタルを取り入れた演目を考えていたと思います.

 「超歌舞伎」に携わったのは2016年,ドワンゴさんがミクさんと出会わせてくれたのが発端です.それまでも新作歌舞伎に挑戦し,新たな観客へのアプローチをしていきたいという意欲はありましたが,自らすすんでデジタルを取り入れた演目を作ろうと考えていたわけではありません.ただそのときに何か新しいアイディアをと言われ,「ニコニコ超会議」というイベントの一環でもあり,VOCALOIDの曲としてヒットしていていた「千本桜」と歌舞伎の演目である「義経千本桜」と融合させるという提案をしました.実際に演じてみると想像以上の反響がありました.オタクと呼ばれるミクさんファンの皆さんの琴線にふれたのでしょうか.私だけでなく関係者全員も驚くほど情熱は圧倒的で,その方たちのためにも続けたいという思いで,来年もやりましょう,さらに翌年も,と応えているうちに8年目を迎え,徐々にオタク以外の方々にも浸透し,2023年12月には歌舞伎座での本公演が実現しました.演目は同じでも,デジタル技術がとんでもないスピードで進化していますので,演出も年を追うごとにどんどん進化しています.世の中が何を求めているかを常に察知して実現できるものは実現していく.これだけデジタルなモノやコトが溢れている時代にその存在をないものとして考えることはできなくなってきています.

 元来の歌舞伎は,舞台美術も衣装もすべてがアナログなものですが,隈取ひとつ取ってもデジタルに引けを取らない強さを持っています.決めのポーズである「見得」も伝統に裏打ちされた儀式としての良さがあります.伝統は先人の力ですから,うまく融合できたときに新しい伝統が生まれるのだと思います.

 私自身も古典とともに新作とデジタルに代表されるさまざまな新しい技術を取り入れ「伝統を守りつつ革新を追求する」という信念を貫き,歌舞伎がかつて最先端の芸能だった時代のように「今に生きる歌舞伎」を作っていこうと思っています.

(「情報処理」2024年1月号掲載)

■ 中村 獅童
1972年,東京都出身.8歳で歌舞伎座にて初舞台.『義経千本桜』,『双蝶々曲輪日記』,絵本『あらしのよるに』の歌舞伎化,最新技術とコラボで生まれた「超歌舞伎」など,古典から新作までさまざまな歌舞伎に挑戦し続けている.歌舞伎の枠を超え,映画,舞台,声優,TVドラマ,バンド活動と幅広いジャンルで活躍.2002年映画『ピンポン』(曽利文彦監督)で新人賞5冠を受賞,2023年 映画『怪物』(是枝裕和監督)・『首』(北野武監督)・『怪物の木こり』(三池崇史監督)と話題の作品に出演.


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