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世界を再構築するイノベーション


大串 正樹
(デジタル副大臣/衆議院議員(自由民主党))

 かつて古代ギリシアのプラトン(Plato)の時代には,技術(テクネー)は知識ではないとされていました(技術<知識).その後,工業化が進み数次の産業革命を経て,知識としての技術にその価値を認めるドラッカー(Peter Ferdinand Drucker)の「ポスト資本主義社会=知識社会」が到来しました.知識こそが唯一価値のある資源であるという20世紀の「ものづくり」の時代です(技術≒知識).そして時代はさらに進み,生成AIという新たな技術が知識や価値そのものを生み出す時代となりました(技術>知識).

 この知識が技術に回収されてきた歴史には情報処理技術の2つの貢献がありました.すなわち大量の情報をデータとしてアクセス可能な状態で蓄積してきたことと,ディープラーニングによりこれらの大量の情報に意味が与えられるようになったこと.これらが,知識を巡る環境,すなわちコンテクストに変化を与えました.知識はコンテクストに依存するので,その前提となるコンテクストが変化すれば知識の意味が変わるのは必然と言えます.ジンメル(Georg Simmel)が「社会はいかにして可能か」という小論の中でも述べているように,社会は知識という相互作用の結果として形成されます.コンテクストが変化し知識が変化することで,社会もまた変化しています.今はまさに,この社会の大きな変化の過渡期であり,未来を見据えてどのように布石を打つかという重要な政策判断が迫られています.

 1つの布石として打たれたアベノミクスには賛否はありますが,3本の矢と呼ばれる政策のうち第1と第2の矢の金融・財政政策は一定の成果を出したことは,数々の経済指標を見る限り否定はできません.しかし,第3の矢の成長戦略のスピード感を見誤ったことに加えて,コロナ禍によって全体の戦略を見直さざるを得ない事態になりました.イノベーションへの期待が漠然としていたことも一因です.

 シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)の新結合で定義されたイノベーションを第1世代とするならば,クリステンセン(Clayton Christensen)の創造的破壊によるイノベーションが第2世代と言えるでしょう.恐らく第3世代のイノベーションをどう定義するかが今後の布石の鍵になります.第2.5世代に現代のAIアシストによるイノベーションを位置づけるなら,その先には我々がまだ見たことがない,技術が知識だけではなく社会までをも回収した後に,新たな価値の収束点が見い出された世界が広がるのではないでしょうか.

 ヴェーバー(Max Weber)以来,世界は科学という名の脱呪術化を進めてきたわけですが,新たなイノベーションは世界を再構築する可能性を秘めています.その世界が私たちにとってどのような意味を持つのか,あるいは好ましい世界なのかは分かりません.AIによる課題も指摘される中,より好ましい世界へとノスタルジックに再呪術化が進むかもしれません.この社会の大変革期に,あらゆる技術・知識を総動員して新たな文明モデルを構築するという懐の広さが政治の世界に求められています.

(「情報処理」2023年10月号掲載)

■ 大串正樹
1966年生まれ.東北大学大学院(資源工学専攻)修了後,(株)IHIで熱処理炉の開発・設計に従事.JAISTにてPh.D.(知識科学)を取得後,大学教員等を経て2012年に衆議院選挙(兵庫6区)で初当選,現在4期目.経済産業大臣政務官,自由民主党副幹事長などを経て現職.


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