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世界一悲しい「いっぽ」

⭐️⭐️⭐️⭐️
(星の数でこの記事のオススメ度を
5段階で評価しています)

僕がまだ小学生の頃、

僕のひいおばあちゃんは
4人中2人、まだ生きていた。

他の曽祖父や曽祖母は
僕が生まれる前や
生まれて間もない頃に
亡くなっていて

直接会った事があるのが
その2人だ。

その中でも
母方の祖父の母親にあたる
曽祖母は大阪に住んでおり、
よく会う機会があった。

僕が幼稚園児か小学校低学年くらいの頃
他の親戚と一緒に
温泉などに行くと、
曽祖母は僕のことをいつも

「いっぺい」

と呼んでいた。

僕の下の名前は「いっぽ 」だ

こんなに覚えやすい名前なのに!
と子供ながらに思っていたが

その時はまだ

曽祖母=めちゃくちゃおばあちゃん

曽祖母=親戚の中でも最上級のお年寄り

という認識があったため
そこまで違和感を覚える事はなかった。

おばあちゃんすぎるから
しょうがない。

歳が離れすぎているから
しょうがない。

そのくらいに思っていた。


それからしばらく経って

親戚が揃って
食事をした時

その時もまだ曽祖母は
僕のことを

「いっぺい」

と呼んでいた。

「いっぺいは元気か」

「いっぺいは何してんねん」

孫である僕の母親や
伯父、伯母の名前ははっきり覚えている。

他のひ孫の名前も
ちゃんと覚えているのに
僕だけが覚えられていない。

僕が最新のひ孫だからだろうか。

確かに僕以外のひ孫に当たる
いとこ達は皆年上だ。

僕が最後に生まれたため
覚える気が
無くなってしまったのだろうか。


しかしなぜ、
よりによって「いっぺい」なのだろう

昔、近くの人間に
そのような名前の人がいたのだろうか

それにしても

「いっぽ」

という名前のインパクトが
到底負けるとは思えない。

僕は子供ながらに
自分の名前を気に入っていた。

それなのになぜ

ひ孫くらいになると
可愛いとか以前に

よくわからない

「把握しきれない子孫」

くらいの認識になってしまうのだろうか

色々考えたが
納得のいく結論は出ず

僕は曽祖母に対して
間違いを指摘することもなかった。



そこからまた数年後

曽祖母の体調があまり良くなく
入院しているという知らせが
僕の耳に入ってきた。

曽祖母が入院している病院は
僕の実家から
すぐ近くの場所にあり

僕は母とお見舞いに行くことにした。

病室に入ると
中には僕の祖父母と
祖父の弟にあたる大叔父がいた。

僕の祖父は
僕がまだ小さかった時、
口癖のように

「男が泣いていいのはオカンが死んだ時と
財布無くした時だけや」

と言っていた。

曽祖母が亡くなったら
やっぱり祖父も泣くのだろうか

まだ身近な人の死を
経験したことのない僕は
無邪気なことを考えていた。


ベットに横たわる
曽祖母を皆が見つめる


明らかに弱っているのがわかった。



大勢の子孫に見守られたその姿は
少し悲しくもあり
少し微笑ましくもあった。

『人の寿命』という概念を
うっすら把握していた僕は
曽祖母がもう長くないことを
子供ながらに精一杯理解した。


数日後

また病院に訪れた僕たちは
病室に行くと
さらに弱々しい姿になった
曽祖母を見つけた。

病室は数人が共同で生活する大部屋から
個室に変わり

曽祖母に繋がっている管の数も
以前より多くなったように思われる。


曽祖母は僕に向かって

冷凍庫の中に
サクレが入っているから食べろと言った。

扉を開ける。
レモン味のサクレが入っていた。

冷凍庫の中から取り出し
一口食べる

まだ冷たく、
少し頭に痛みが走る。



曽祖母が口を開いた


「美味しいか?いっぽ 」


僕が人生ではじめて聞いた
曽祖母からの
「いっぽ 」だった

窓の外を見つめると

そこには空からはみ出しそうな
大きな積乱雲が浮かんでいた。


とけかけた氷の
パリパリという音が静かに
病室に響く。


僕が人生ではじめて
人の死を感じた瞬間だった。




それからまた数日経って


僕は母から
曽祖母が亡くなったという報せを聞いた。


ひいおばあちゃんは
僕の名前を
ちゃんと覚えてくれていた。


「いっぺい」というのは
ひいおばあちゃんなりの
僕に対してのボケだったのだろうか

最後の最後に
ボケる元気が
無くなってしまったのだろうか

それとも最後くらい
本名で呼んでやろうと
思ってくれたのだろうか

色々な疑問を抱えたまま
僕は葬儀場に向かった


会場に着くと祖父を見つける



祖父は泣いていなかった。

祖父に話しかけると
どこか遠いところを見つめながら
「財布無くしてないからなぁ」
と呟いた。

葬儀が終わるのはあっという間だった。
火葬場へと移動する。


しばらくすると
大きな煙突から
モクモクと煙が出てきた。



その煙は
あの日見た
おおきなおおきな積乱雲へと
繋がっている気がした


僕は少し俯き
最初で最後だった「いっぽ」
という言葉を思い出しながら
きゅっと下唇を噛んだ


あの日食べた
サクレのあの甘酸っぱい味を
僕は忘れることはないだろう

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