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最後だから生でしよう

⭐️⭐️⭐️
(星の数でこの記事のオススメ度を
5段階で評価しています)

これは僕が中学生だった時の話

僕が通っていた学校では二年生の時に
学年全体で
スキー合宿に行くのが通例になっていた。

当時僕はスキーが得意だった。

多感な時期の
数少ない宿泊行事であるし
割と楽しみにしていた。

初日

みんなで学校に集まり
バスに乗ってスキー場へと向かう。

3、4時間ほどバスに揺られると
目的地についた。



見渡す限り真っ白



この空間の中で僕たちは2泊3日を過ごす。

簡単な昼ご飯を済ませて
皆が一斉に部屋に戻り
スキーの支度を始める。

道具は多い
手袋にゴーグルに靴下に

パンパンに詰まった鞄の中から
各々荷物を取り出し
準備する。

この合宿ではあらかじめどの程度滑れるのか
アンケートが取られていた。

それぞれの習熟度を4段階に分け
グループになって
1人のインストラクターのもと
みっちりスキーを教えてもらうのだ。


準備を終えた生徒が続々とゲレンデに出る。

インストラクターの方々が数字の書いた
ゼッケンのような物を
みんなに向かって振る。

僕は一番上のクラスだった。
1と書いたゼッケンを持っている
インストラクターの前まできた。

「おーお前も一緒の班やったんか!」

振り返るとそこには一年の頃から
仲の良い友達の姿があった。
彼は相当な調子乗りだ。

その他にもちらほらと知っている顔が見受けられる。
8人ほどのグループだった。

グループごとに体操をする。

「よし、じゃあこの班はみんな結構滑れると
思うんでリフト乗り場まで行こうか」

インストラクターが声をかけ皆が動き出した。

そのインストラクターは
かなりふくよかな方だった。

30代後半くらいの男性で
いわゆるビール腹のような感じではなく
全体的に大きい。

ビリケンさんのような体型

それでも器用にストックを捌き
雪の上を駆け回っている。

リフト乗り場に着くと
その日のリフト券が
皆に配られ順番に乗り込んでいく。

上に着く。

風が少し強かった。

僕はネックウォーマーの位置を少し上にあげた。

「じゃあ僕から滑り出すんで
皆さんついてきてください!」

インストラクターが
元気よく声を上げ
皆が列になって
一定の間隔を空けながら
下に向かって降りていく

はずだった。

さっき僕に声をかけてきた友達が
大きく道を外れて滑り出したのだ。

下に着くと
インストラクターはその友達に注意をした。

雪山での自分勝手な行動は
予期せぬ事故につながる。

遊びにきたのならば
別に何をしても構わないが
今回は皆で合宿に来ている。

正論だった。
しかしその友達は抵抗した。

「僕もっと滑れるんで。
難しいコースいきましょうや!」

こういった子供に
インストラクターの方は慣れているのだろう

「まあ難しいところは様子見ていきましょう」

その友達を宥めて微笑んだ。


しばらくの間同じような難易度のコースを回る。

その友達の態度は変わらなかった。

たまにインストラクターの指示を
守るかと思いきや
つまらなそうな顔をして
道を外れてみたり

ハッキリ言って幼稚だった。

インストラクターも流石に困った表情だった
こんな調子で3日間大丈夫だろうか

1日目のスキー講習が終わり
皆が続々と宿舎に戻る。

その友達は一日中同じような態度だった。

調子乗りだとは思っていたが
さすがにあそこまで酷いとは思わなかった。

クラスごとに順番に風呂に入り
晩ご飯を食べ

しばらく自由時間を過ごした後
その日は消灯した

次の日

朝ごはんを食べた後

また昨日のように練習がはじまる。

ゲレンデに出るとインストラクターが

「今日は昨日よりも難しいところ行きましょうか」

と提案する。

昨日不機嫌そうにしていた友達は
少し嬉しそうだった。

体操をすませ早速リフトへ向かう。

友達は嬉々として僕の1個前のリフトに座った。

その友達の後ろ姿が見える。

足をバタバタさせていて
とても楽しそうだ。

単純な奴だ

昨日はたどり着かなかったほど上まで着くと

皆で列になり滑りはじめる。

僕はふとその友達の方を見た。

彼は普通に滑るどころか

思いっきり列をはみ出し

えげつないほど木に近づき

反省のかけらもないようだった。

下に着きインストラクターが
昨日にも増して注意をする。

さすがに目に余ったのだろう。

彼に反省の色はない。

彼の態度に周りの人間も
少し引きはじめていた。

彼の態度はひどい。

僕も少しイラついていた。

しかしその後、彼はしばらくの間
おとなしくしていた。

昼ごはんの時間になる。

宿舎に続々と学生たちが戻ってくる。

すると彼がニヤニヤしながら話しかけてきた

「なあなあ8班のインストラクター見た?」

見てない
そこまで把握してない
見ているわけがない

「めっちゃ可愛いで!」

そうなのか?

「しかもめっちゃ巨乳らしい」

え?

「スキーウェア着てても
わかるくらい巨乳らしいで」


それでこの男は大人しくしていたのか。

「飯食った後ちょっと見にいこうや」



僕はすぐに承諾した。
男子中学生なんてこんなもんだ。

昼ごはんを食べ終わり
皆がまたゲレンデに出る

僕はその友達と8班に近づいた。

確かにうちの班のインストラクターと
違って若くて可愛らしい女性だった。

僕はチラ見した
彼はガン見した

見過ぎやろ

僕は思わず笑いそうになった。

彼は言った

「俺らゴーグルつけてるやろ?
だからどこ見てるか分からへんって」



アホかこいつは

お前のゴーグルは色薄いねん!!!

どこ見てるか丸わかりやぞ!



嬉しそうに女性インストラクターを見つめる
彼の姿がなんだか滑稽だった。


集合がかかり再び滑りはじめる。

僕たちの班は本当に上手い人が多かった。

この調子で行けば
はやく難しいコースに行きたいと
拗ねている彼の
望み通りになるのもそう遠くないのではないか。

2日目に入り僕ら自身のスキルも
上がってきた気がする。

着実に前に進んでいるのを感じていた。

ヘトヘトになりながら練習を終え
また宿舎に戻る。

風呂に入り晩ご飯を食べ寝る。


そして迎えた最終日

朝ごはんを食べていると彼が近くにきた。

僕を肘でツンツンついてくる。

どうしたん?
と聞いてみると

無言で遠くの方で飯を食っている
8班のインストラクターを指差した。

ニヤニヤしながら席に戻っていく。



は?

何で俺がめっちゃ好きみたいにやってきとんねん!

見てんのお前やろ!


怒りを抑え黙々とご飯を食べる。

もうすぐ最後の講習がはじまる。

集合がかかりインストラクターが開口一番こう言った

「今日は一番難しいコースに行こうと思います」

彼はもちろん喜んだ。

その後インストラクターが細かい説明をする。

いきなり行くのではなく
お昼まではしばらく今までのコースを回る。

その後

今日の終盤に難易度の高いコースに行く。

彼はほとんど聞いていなかった。

念願のコースと8班のインストラクターの
ことしか考えていない。

2日間の成果を見せるため
また僕たちは滑りはじめた。

昼になり
ご飯を食べる

この3日間はほぼ同じ毎日を繰り返している。

ご飯を食べ終わるといよいよ最後の講習だ。

僕たちは
自分たちの班のインストラクターと
かなり仲良くなっていた。

三日間長い時間過ごしていたのも
もちろんあるが
このインストラクター、
おじさんなのに気さくに話しかけてくれ
とても愛嬌のある見た目をしているため
みんなからも人気があったのだ。

時間は刻一刻と迫っている。



そしていよいよ最後の滑走の時間がきた。

僕たちは一番長いリフトに乗って
上まで行くと

「じゃあ僕が先に降りるんで
皆さんも気をつけて降りてください!」

インストラクターの声とともに
下に向かって滑っていく。

確かに難しいコースだった

足をとられ体重移動が困難でスネに負荷を感じる。

下に着く

インストラクターが皆にねぎらいの言葉をかける

「みんな3日間お疲れ様でした!
この班は本当にみんな上手くて
教えることがほとんどなかった!
最後に難しいコースに行けてよかったです!」

そして彼に向かってこう言った。

「なかなか行かせてやれなくてごめんね!
君は上手いから是非またこのスキー場に遊びに来て」

彼はこう言った

「いや…
僕も生意気言ってすいませんでした」



謝るんかい!

やけに素直やな


こうして僕たちの三日間の講習は幕を閉じた。

宿舎に戻り
みんなが帰りの支度をする。

これが終わり晩ご飯を食べると
本当にもう帰るだけになる。

晩ご飯のメニューはすき焼きだった。

最後だから豪華なのだろう。

皆が3日間の疲れもあってか
美味しそうに肉を頬張っている。

スキー焼けしたのか
頬が赤くなっている人が多かった。

食べ終わると部屋に荷物を取りに行き
宿舎の人々にお礼をし外に出る。

外ではバスが待っている。

皆がバスに向かう道に
3日間お世話になったインストラクターが並んで
花道を作ってくれていた。

僕たちを見送ってくれるのだ。

少しだけ話をする時間ができた。

僕はインストラクターに挨拶をした。

するとその後
彼がひょっこり出てきて

「3日間お世話になりました!」

元気よく言う

意外だった。

普通にしていれば
いい奴なのだ。

「握手しましょうよ」

インストラクターが手を差し出す。
スキーウェアのままなので
もちろん手袋をしていた。

彼は言った。

「最後なんで生でしましょうよ」



僕は少しうるうるしてしまった。




別にそこまで感情移入していたわけではない。

しかし

この3日間この2人が
ぶつかり合うのを何度も見てきた。

その2人が今握手をしている。

それだけでなぜか感情が溢れてきたのだ。


皆がバスに乗り込み出発する。

ん?
なんだろうこの気持ちは

僕は今まで違和感を感じる出来事があると
脳味噌のある部分が反応するようになっていた。

今もその部分が反応している

なんだろうこの違和感は


最後だから生でしよう?


もうちょい言い方あるやろ!

なんやねんその言い方!

ニュアンスがおかしいねん

あってないねんニュアンスが!!!



みな3日間の疲れが蓄積していたのか
僕の感情の昂りとは裏腹に
寝息と静寂だけがバスを包んでいた。

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