ウソ噺「戦争と平和」
春。
会社の引越しも無事におわり、新しいオフィスで書類や備品の整理をしている時にその事件はおきた。
「あれ、このロッカー、空いてないっすか?」
見つけたのは僕と同じ経理部で新人の佐藤君。
おそらく業者の手違いで、備品などを入れておくロッカーがひとつ、あまっていた。
すかさず経理部のベテラン女性の立花さんが立ち上がり、他の部に聞こえる大きな声で、
「佐藤君、さすが!経理部のロッカー、もうパンパンだから困ってたんだよね。これ、使っちゃおうよ。」
先手必勝。
数々の部門間の揉め事を、この戦法で勝利に導いてきた彼女は「経理の織田信長」の異名をとる。
しかし、
「そのロッカー、余ってるんですか?人事部にも必要です。」
やはりきた。
人事部で派遣社員として働いている高橋さんだ。
大声ではないが、不思議と説得力のある声で「ロッカーがどの部のものでもないこと」を強調して後手に回ったことを感じさせない。
その上、彼女にはまだ武器がある。
派遣社員という弱い立場でありながら他部署の派遣さんも味方につけ、横のつながりで劣勢をひるがえしてきた彼女はいつしか「派遣のジャンヌ・ダルク」と呼ばれるようになっていた。
このままいくと、信長と一緒に働いているはずの経理部の派遣社員の青井さんが、それとなくジャンヌ・ダルクにフォローを入れてくるだろう。しかし、そこで引き下がる経理の織田信長ではない。
戦争が始まる。
誰もがそう思った矢先、1人の中年男性が声をあげた。
「あれ?そうなの?こりゃあ、また間違っちゃったかな。」
うまい。
本来、ロッカーを振り分ける立場である部署、総務部に所属する鈴木さん。
「業者の手違い」を「総務部の間違い」ということにして一旦話を振り出しに戻そうという作戦だ。
課長職でありながら実際に総務部で鈴木さんが管理している課はない。
いわゆる窓際族の鈴木さんなら「間違った」としてもリスクは少ないし、話の真実味も増す。
その温厚な性格から出世競争にこそ敗れたが、あらゆるトラブルをフワッと沈静化する「窓際のガンジー」の実力は健在だ。
結果、鈴木さんの一声で2人は撤退を余儀なくされた。
その晩、窓際のガンジーは一人自宅でしっぽりと勝利の美酒に酔いしれていた。
お供はもちろん、「下町のナポレオン」いいちこである。
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