白鳳文化の仏像造形が色濃く残る金堂内陣 【奈良の古刹めぐり―法隆寺Ⅵ-】
日本で最初に「世界文化遺産」に指定されたが法隆寺。ご存じ、法隆寺は聖徳太子が建立した斑鳩寺(いかるがでら)が、その前身であるとされている。西院伽藍の金堂と五重塔は、一直線に並ぶ堂塔配置ではなく東西に並ぶ伽藍形式で、その北側に大講堂が配置されている。すべてが国宝に指定されている堂塔である。
金堂の内陣には、須弥壇中央の中ノ間に「釈迦三尊像」が安置されている。釈迦如来像は座上に裳裾をひろげ結跏趺坐(けっかふざ/両足を組み合わせ、両腿の上に乗せる)、与願・施無畏(よがんせむい/手の形)の印を結んでいる。その左右の脇侍を配した一光三尊形式として現存する。東ノ間には「薬師如来像」、西ノ間には「阿弥陀如来像」がそれぞれ本尊として祀られている。
須弥壇の四方には内陣を守護するかのごとく木彫の四天王像(持国天立像・多聞天立像・広目天立像・増長天立像)が配されている。そして、釈迦三尊像の左右には、同じく木彫の毘沙門天立像と吉祥天立像が立っている。
内陣に安置されているこれらの仏像は阿弥陀如来坐像を除いて国宝に指定されている。
東ノ間の薬師如来坐像は、釈迦如来坐像と同じように与願・施無畏印を結び結跏趺坐し釈迦如来坐像とよく似ている。通常の薬師如来坐像とは少々異なるが中ノ間の釈迦像との違いといえば、頭部の螺髪がないくらい。本像は、古くは日光菩薩、月光菩薩の脇侍二体があったと伝えられているが、現在は脇侍の存在はない。
西ノ間の阿弥陀如来坐像は鎌倉時代に造立されたもので、新たに金堂に加わり三本像を形成した。
金堂に入って三本像の揃い組や四天王像や壁画を肉眼で見ようとしたが、薄暗いのと金網が張り巡らされ思うように観ることはできなかった。もちろん写真撮影も禁止である以上、金堂内陣の映像を刻むことはできなかった。
しかしながら、興味をもつ者には有難いことに図鑑がある。法隆寺金堂壁画と名宝日本の美術の両冊を眺めながら金堂内陣をじっくり拝見させてもらった。写真は、図書館で借りた図鑑で著作権制限期間が過ぎた書籍ということでコピーさせていただき掲載した。ご堪能あれ!
トップの写真/金堂内陣 釈迦三尊像(中央/国宝)・薬師如来坐像 (右/国宝)・阿弥陀如来像(左/重文) すべて銅像
リポート/ 渡邉雄二
写真素材/ 名宝日本の美術 第1巻「法隆寺」(発行:小学館 著者:大西修也)より
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