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スタートアップのリスクマネジメント②-内部統制システムその1

(1)はじめに

 スタートアップが失敗を繰り返していく存在であることは既に述べたとおりであるが、失敗により致命傷を負わないように最善を尽くすことが重要である。そこで、①リスクを早期に把握し、極力リスクが顕在化しないように努めること、②仮にリスクが顕在化した場合の損害拡大を可能な限り防止することが重要となる。
 以下では、まず①との関係で、内部統制システムを整備すべき必要性について検討する。

(2)内部統制システムの整備に取り組むべき理由

a.上場との関係

 例えば、マザーズの新規上場ガイドブックにおいては、以下の記述がある。

審査においては、上記「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」や各種社内規程等をもとに、取締役会、監査役会、会計監査人の設置状況、各役員の職務及び相互の牽制関係等を確認し、経営活動に係る意思決定が一部の役員のみによって行われるなど組織的な意思決定を阻害するような状況にないか、各役員がその職責に応じた業務執行・監督を充分に行うことができるかなどを判断することとなります。

 このように、上場審査にあたっては、不正等が起こらない仕組みが構築・運用されていることを確認するべく、内部統制システムが構築され、適切に運用されているか否か審査されるのであって、上場のためにも、適切な組織を組成し、内部統制システムを整備することが必要となる(具体的な組織構築については後日検討する)。

b.役員の意思決定との関係(経営判断の原則・信頼の原則)

 取締役は、会社に対し、その職務を執行するにつき、善管注意義務を負う(会社法330条、民法644条)。取締役が任務を燃怠して善管注意義務に違反した結果、会社または第三者に損害が発生した場合は、取締役は損害賠償責任(会社法423条1項、429条1項)を負う。


 この前提の下、取締役は会社経営に関し日々意思決定を行っていくこととなるが、これらの意思決定は、将来の見通しを含む市場の状況等も踏まえて行われるものであり、そのような見通しや、判断の前提となった情報の内容及び評価については、いずれもある程度不確実なものとなることは避けられない。そのような中、仮にかかる意思決定に基づく業務執行の結果、会社に損失が生じた場合に常に結果責任として善管注意義務違反の責任を問われるとすると、取締役の経営判断は萎縮し、会社経営は著しく困難になる。
 また、会社の規模が拡大すれば、取締役の判断や決定自体に問題はなかった場合でも、その他の役員や従業員による不正行為や業務上の誤り等により会社に損害が生じる場合も出てくる。仮にこのような場合にも、結果責任として常に善管注意義務違反の責任を問われるとなると、やはり経営者の経営判断は萎縮し、会社経営は著しく困難になる。

 これらの経営判断の萎縮は、会社の成長を阻害し、ひいては株主や債権者にとっても望ましいことにはならない。そこで、かかる弊害を防止するべく、いわゆる「経営判断の原則」が裁判例上、認められている(例えば、最判平成22年7月15日判例時報2091号90頁等)。すなわち、取締役が経営判断をするにあたり、①判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、②意思決定の過程・内容が企業経営者として特に不合理・不適切なものといえない場合には、たとえその判断の結果会社に損害が生じた場合であっても、善管注意義務違反にはならず、取締役は責任を問われないとするものである(例えば、東京地判平成8年2月8日資料版商事法務144号111頁等)。

①「判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく」について

 判断の前提となる事実、情報の収集過程については、事実・情報が専門的分野にわたるものである場合は、取締役は合理的手段を尽くして弁護士、公認会計士等の専門家の意見を聴取する必要があるが、他方、そのような専門家の知見に基づき経営判断を行ったのであれば、後日その判断に基づいて行った取引等により会社に損害が生じたとしても、取締役は善管注意義務違反を問われないと解される可能性がある(例えば、東京地判平成17年3月3日判時1934号121頁)。このように、適切なタイミングで適切な助言を得るタイミングを逸しないよう相互に監視・監督すべく、内部統制システムを構築することは有用といえよう。

 また、事実・情報が社内(他の取締役、執行役員、従業員等)で収集したものである場合は、当該事実・情報に関して特に疑うべき事情がなければそれを信頼することができ、結果的に当該事実・情報に誤りがあったとしても、取締役は善管注意義務違反を問われないのが原則であると解されている(信頼の原則。東京地判平成平成14年4月25日判時1793号140頁等。)。したがって、会社に損害が生じた場合に取締役が善管注意義務違反を問われないようにするためには、特に疑うべき事情がないことをいかに立証できるかが重要な点となる。

 この点について、相当程度の情報の適正性、正確性が確保される体制としての内部統制システムが構築されるとともに、適切に連用されていれば、この特に疑うべき事情がないことの重要な証拠となるものと考えられている。つまり、内部統制システムが適切に構築され、かつ適切に運用されていれば、社内で収集した事実・情報を基に取締役が判断を行った場合、結果的に当該事実・情報に誤りがあったとしても、取締役は善管注意義務連反が問われない可能性が高くなる(例えば、大阪地裁平成24年6月29日資料版商事法務342号131頁等)。

②「意思決定の過程・内容が企業経営者として特に不合理・不適切なものといえない場合」について

 意思決定された内容を社内で執行する過程では、代表取締役が自ら失効する場合ばかりではなく、その他の役員や従業員からなる組織によって執行される場合も多々あるところ、取締役は善管注意義務の一環として、自己の指揮命令系統にある役員や従業員に対して監督義務を負っているため、当該役員や従業員による不正行為や過失により会社に損害が発生した場合には、監督義務違反の責任を問われるリスクがある。

 もっとも、組織が大きくなると、指揮命令系統を構成する役員や従業員に対し、担当取締役が直接に指示命令をすることができない場合も出てくる。このような場合、そのような直接に指示命令をする関係にない役員や従業員の行為によって会社に損害が生じた場合に取締役が監督責任を問われないようにするためにも、内部統制システムの整備が必要となる。すなわち、取締役が直接的な指示命令を行わなくとも、指揮命令系統を構成する役員や従業員の業務活動の適正が確保されるような内部統制システムを適切に整備し、かつ適切に運用していれば、仮に一部の役員や従業員の不正行為や過失により会社に損害が発生したとしても、取締役の監督義務違反にはならない可能性が高まるものと考えられている(ただし、取締役や従業員らの業務執行について疑念を差し挟むべき特別の事情があったにもかかわらず、これを看過した場合はこの限りではない)。

 このように内部統制システムは、取締役の職務執行について、経営判断原則や信頼の原則を適用するための前提として重要な役割を果たすこととなる。次回以降、内部統制システムの整備にあたって特に留意すべき点を個別に検討する。

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」

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