植田伊織

子育てや本業の合間にこそこそ文章を書いています! 誰かのよりどころになるような物が書けたらいいな。 発達障害当事者です。

植田伊織

子育てや本業の合間にこそこそ文章を書いています! 誰かのよりどころになるような物が書けたらいいな。 発達障害当事者です。

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ネイル

 足してゆくだけで創る美しさは、容易に手に入る。資金さえあれば良いからだ。  艶やかな赤を指先に纏いながら、私は考えていた。  ベースの色である赤のグラデーションが、角度によって煌めく色を変えるホログラムを引き立てる。ぷっくりとしたフォルムに整形された私の爪は、樹脂によって宝石のように輝いていた。  ネイルアートは楽しい。爪を保護するベースコートを塗って、着色をして、きらきら光るストーンやラメを絵の上に乗せ、最後にアートを保護するトップコートを塗布して包み込む。  私に

    • 「休息をとりつつも、前を向くことを諦めないで欲しい」

       いつかのエッセイに書いた、精神障碍に関する公募(今確認してみたら〝寄稿〟と書いてあったので、厳密には公募では無かったかもしれない)に応募した作品を、ラグーナ出版様から発刊されている『シナプスの笑い』という雑誌に掲載していただく事になった。 (6月20日に発売いたします。  母が統合失調症と診断されるまでの経緯を体験談としてまとめたもの。  『命、短し』という題で掲載されます。  よろしくお願いいたします)  掲載のご連絡を頂いた際に、「同じ病気の人に対してのメッセージを

      • ままならぬ 【エッセイ】

         分厚い曇り空からパラパラと小雨が降ってくる。  この程度なら傘は要らないだろうと息子と二人でバス停まで歩いたが、息子をバスに乗せた後、図ったかの如く勢いを増した雨は容赦なく、私を濡れネズミに変貌させた。  自宅に帰って雨に濡れた髪をタオルでふき、 「どうせ雨なら洗濯物も乾かないし、今日はサボっちゃおっかな☆」とカーテンを開けると、網膜に焼き付いたのはさんさんと降り注ぐ冬の陽光で。  どんだけツンデレな天気なんだよオラァ!  と独り言ちた後、洗濯機を回しながら久しぶり

        • 【短編小説】雪解け

           久しぶり、なんだよ真っ黒に焼けてさ。  なんだか雑誌に出てくるモデルみたいじゃん。  今度はどこの国に行ってきたんだよ、なんて、インスタ見てたから本当は知ってるんだけどな。  俺の方は相変わらずのひきこもり生活ですよ。  ガリガリに痩せて生っ白い肌で。  ひたすら人の目を避けるようにして、自ら影の中に溶け込んだ気になってる。  そんな事はどうでもよくてさ、みんな、お前のことを心配してたんだぜ。俺が言うなって話だけれども、お前、定住場所決めずにふらっといなくなるから。  

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          家出した自己肯定感を呼び戻すには

           ある一点まで回復していた自己肯定感は、読書をすればするほどにすり減ってゆき、どこかへ家出してしまったようだった。  最近、書籍はもちろん、SNSの相互さん――即ち、アマチュアでハイレベルな小説を書く人達――の作品を読んでいる。  読めば読むほど、いかに私が自身の能力を買い被っていたかを痛感するようだった。  その上でこう記すのもまた面の皮が厚いのだが、自分の作品にも、私らしい良さというのはあると思う。  今までの人生の中で、文章を書いて得た成功体験も、小さなものだが多々

          家出した自己肯定感を呼び戻すには

          短編小説 『クラムチャウダー』

           牛乳の甘い香りが鼻腔をくすぐる。  部屋の隅で砕けた「昨日までの日常」の欠片をそのままにして、私は一人、キッチンに立つ。  小鍋で暖めていたクラムチャウダーからくつくつという音がするのを聞き、慌てて中火だったコンロの火を蛍火に切り換える。どうやら火が強すぎたようだ。小麦粉を焦がさぬよう、弱火でじっくり、されど確実に温めなければ。  『事を成すには確実に』  母から届いたスープ缶を温めるだけの話に、父の口癖を持ち出すのは流石に大げさだろうか。  缶の中に入っている濃

          短編小説 『クラムチャウダー』

          譲り合いの境界線

           静寂には価値がある。  例えば図書館で、病院で、電車内でもそうかもしれない。  「この場所では静かにしましょう」  そんな簡単な指示すら、息子には通らないことがある。  私の息子は6歳、中度知的障害のある自閉症スペクトラム障害だ。精神年齢は3歳になるかどうかで、最近は指示が通る事も増えてきたし、静かにしなければならない場所で大人しく過ごせるようにもなってきた。  本人の意に反した状況に陥っても、癇癪を起こさず、少しずつ自分で気持ちを切り替えられるようにもなっていた。

          譲り合いの境界線

          人生の秋

           陽光に照らされ、さながら照明かのように煌めく、透き通った鱗雲が美しかった。  大好きな夏が過ぎ去り、肌寒くなってしまった毎日に一抹の寂しさを覚えながら、息子と共に暁を眺める。  心が動揺する出来事が多くて文章を書く気にならず、最後の更新からあっという間に2か月も経ってしまった。  小説に関しては四か月ほど更新していない。  その間、冬に締め切りの公募作品の改稿をしたり、短編の公募用作品を無理矢理ひり出したり、昔書いた漫画作品を小説化してみようと試みたりしていたが、どれも

          人生の秋

          Xデーが駆け足でやってきた。

           ぎらついた日差しに全身を燻されるような毎日。  暑さでぐったりとはするけれど、網膜を焼き尽くすようなぎらついた太陽の光を全身に浴びるのは嫌いじゃない。  セロトニンによって自身の闇が浄化される様を妄想している。  今年のお盆は義実家へ帰省する。  その後、実家にも顔を見せるつもりでいた。  というのも、母が体を動かせず、ベッドから数秒の場所にあるトイレへ行く事すらままならなくなってきたと聞いたからだ。  いくら後期高齢者とはいえ、今の時代の60代はまだまだ若い。よほどの

          Xデーが駆け足でやってきた。

          戦場(ベイルート)へようこそ

           『オランダへようこそ』という有名な文章がある。  ダウン症のある子の育児が、一般の育児と比べてどんな物かを説明するための文で、障害の無い子の育児を「イタリア旅行」に例えるもの。  華やかなイタリアを観光するはずだったのに、素朴な「オランダ」に辿り着いてしまった。  イタリアのような華やかさ――育児でいうなれば、進学や就職など――とは無縁の世界。 「私はイタリア旅行に行くはずだったのに!」と涙する事もあるが、素朴なオランダも良いところはたくさんある。もちろん、障害児育児にだ

          戦場(ベイルート)へようこそ

          2000字小説『ごめんね』

          「美術の道は諦めなさい。君には向いていないよ」  人生最初の挫折を味わったのは、中学2年の夏だった。美術部の顧問が何か続きを喋っていたが、何を言っているのか解らなかった。言葉から意味が抜け落ちて、ただの音の連なりとして鼓膜を震わせる。  そんな最悪な日でも、どこをどうやって帰ったのか覚えていない割にちゃんと家にはたどり着くし、銀色のポストをチェックするのも忘れない。  ポストの中には——限界まで紙が詰め込まれたのだろう——パンパンに膨らんだ茶封筒があった。差出人の欄には可愛

          2000字小説『ごめんね』

          飛んで陽に入る

           毎日寒くてたまらない。陽だまりを見つけては夏の虫の如く、飛んで陽に入る私である。  連日、壁に向かって球を投げるかのように、どこへ向かっているのか方向性も成果も判らなかった私の創作活動に、先日、一筋の光がさしたように思う。  コバルト文庫の第222回 短編小説新人賞の「もう一歩の作品」に選んでいただけたのだ。  もちろん、落選には変わりないのだけれども、何せ「もう一歩」だ。自分の努力が全くの見当違いだった訳では無いとわかったのだから、前向きな敗北というか、散りがいもあ

          飛んで陽に入る

          『かがみの孤城』と続・癇癪

           けたたましく泣いていたかと思うと、ひょんな事がきっかけでけろっと機嫌を治す息子がうらやましい。  小雨が降っていた。自転車を漕ぐのにレインコートが必要な程度の雨量だったが、横着してコートだけで済ませたのを後悔する。暖かかった昨日に比べて骨の髄まで染みいるような寒さだ。  雨模様の中息子を外遊びさせる訳にもいかず、通院の用事以外は自宅で過ごした。  レゴやトランプ、数字のおもちゃにプラレールがあちらこちらに散らばる。一つ片付けさせても、次に出すおもちゃが複数種類あるのでい

          『かがみの孤城』と続・癇癪

          自閉症児の癇癪

           連日、こどもの癇癪が酷かった。  たまたま相性の良くない先生とのやりとりで気分を害してしまったようで、保育園から帰りたくなくて泣きわめく。制止する大人を振りほどいて、常同行動(外から見ると意図がわからない、繰り返しおこなわれる行動)を繰り返し、園の出口に向かってくれない。  言語の発達が遅れているから、何に対して怒っているのか説明できず余計に癇癪が酷くなる――悪循環を重ね、予定より一時間ほど遅れて帰宅する羽目になった。  決して我が儘でもなければ、躾不足でこのような事態

          自閉症児の癇癪

          書く・描く。

           日差しの暖かい休日だった。自転車で遠出をしたから体は冷えてしまったけれど、息子を公園で遊ばせている間はさほど寒さを感じなかった。  広い公園にはこどもがわらわらいて、皆薄着だ。子供は風の子、大人は火の子。  長い間駄文を書かないでいると、何か人のためになるような記事を作成できればとか、何か物珍しい出来事が起こった時に書いた方が良いのだろうかとか、下心が芽生えてしまっていけない。  12月は繁忙期でとてもではないが文章を書いている余裕が無かったし、年始の休みは家族の世話で

          書く・描く。

          短編小説『絶縁された後の正月について』

           澄んだ空気を肺に満たして、瞬きを二つ。ゆっくりと息を吐ききりながら、影のようにつきまとう思考を追いやった。  鈍色の空の下、家族や恋人たちと新たな年を迎えるために賑わう人々を横目に見ながら、私は息子と二人、アパートに帰る。  両親と、いわゆる「絶縁」状態になって二年目の冬が来た。  保育園に通っていた孫が年を重ね、小学校に進級しようが、クリスマスや正月が来ようが、両親からは何の連絡も来ない。それは、私の本意では無かった。  私がしたことと言えば、長年被っていた「都合の良

          短編小説『絶縁された後の正月について』