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【デザイナー修行時代-2】遠い遠い終わりのお話。

先輩が辞めていった。
二人も。
私が追い出したのも同然な辞めさせ方だった。
それを自分のせいだとは思わなかった。
能力が足りないから、業務についてこれなかったのだと自分は勝手に理解していた。無能は、去るべしと、残酷な正論をまくし立てていた。
無感動に、批判的に辞めた先輩を正論を使って批評している風を装いながら罵っていた私はクズだった。
チーフデザイナーの嶋田さんは、仕事が大変になった私も一緒に辞めるのではないかと恐れていた。

そして、その恐れを敏感に感じる私は、辞めていった先輩たちを笑顔で勝ち誇ったように罵っていた。

その姿を後輩は、能力を上げなければイビリ出される恐怖という推進力を得て、本気になった。

程なく逆転される職場での仕事の能力。
後輩は、必死で雑誌で開催されている賞を取りに行った。

小さな世界で、アナログな先輩たちを目標として戦っていた私とは狙っていた場所が違っていた。

そうか。

色が見えない俺はその世界には行けない。
一気に距離を空けられたな…。

ひとが見ている色がある景色を、美しさを、私は知らない。

私が憧れていた場所に、後輩は一気にいけるのかもしれないと、そう思うと、体に力が入らなくなっていた。

疲労感と虚無が、体を蝕む。
踏みとどまろうとする気持ちを仕事にぶつける。

銀行のポスターのコンペ。
二案の提出。
私と、後輩。

勝ったのは、私。
なのに、私は怯えた。
後輩は不機嫌に苛ついていた。
私が先輩にやっていた事とまったく一緒のことが起きていた。

後輩は、絶対に俺のデザインの方が良くできていたと、態度で主張していた。

心が冷える。
小さな世界で、誰かが誰かをいびり出す。
そのつもりもなく。

今度は自分が駆逐される番だ。
自分には、能力が無い。
もう、自分のMacintoshでデザインを作れるというアドバンテージも使い果たした。私にとって魔法の道具だったそれを使えるだけの人間なんか、もう、ゴロゴロしている。

やはり、最後はセンスを持っている人間しか生き残れないと、実感した。そして、色弱の私にはそのセンスは紐づいていないし、その色使いを誰からも教えてもらえもしなかった。

一人、単独で機械を使える能力ばかりを磨いてきて、それを自慢するだけ自慢しながら他人へ教え続け、吸収されるだけされた後、気づいたら、一人になっていた。

周囲はみんな敵になっていた。

辞めたいと、チーフデザイナーへ伝える。
新人を入れるまで待てと。

絶望の中で、出会ったのはネットの中の、名古屋の子。

ずっと、ずっと、夜を徹して話した。
大した話はしていない。
お互いの呼吸を聞いているだけで、その時間は、心が安らかになった。

好きになった。

好きになっちゃダメだなと思いながら、つまらないことで喧嘩した。
じゃあね。バイバイと、もう、二度と電話しないつもりで言葉を紡いだ。

ため息。

10分後に、電話が鳴る。

もしもし…?
怯えた声。

ねぇ、バイバイって言って、電話切るのやめよう?
またねって、電話、切ろう?

それから、二人の間では、またね、と言って、電話を切るようになった。

彼女は、膠原病っていう治らない病気らしい。
そんな病気のことなんか気にならないくらい彼女が好きになっていた。

君さえいればいい。
そんな言葉も、嘘になった。

彼女は、働けなかった。
病気のこともある。
しかし、彼女のおっとりとした性格が、働くということに向いていなかった。

デザインしたいなぁ。
彼女は、そう言った。
少しずつネットで彼女にデザインを教える。
遅く帰ってきても、電話をした。
メールをした。
デザインを教えた。

高速バスで、彼女に会いに行った。
遠い場所。

時間にぎりぎりでも、歩いてくる。
とりたてて、話すこともない。
それでも、二人ともニコニコ笑っていた。
手を繋ごうか?と言うと、恥ずかしそうに手をだす。
ポケットに冷たい手を握ったまま突っ込んで二人で歩きにくいのもかまわずに歩いた。

そして、キスをした。
帰っちゃうんだ…という言葉に、私はキスをした。
彼女の寂しさに自分の欲望で返すことが精一杯だった。
脳が痺れたみたいに、考えることができなかった。
自分の欲が、彼女の心を癒すと、自分勝手な思い込みを注ぎながら。

そうだ、身勝手な恋と、逃げ込む場所でしかなかった彼女への思い。
それが本当の恋だったのかも、もう、今となってはわからない。
ただ、必死に彼女を求めていながら、飛び越えられない壁があった。

彼女を時折、泣かせた。
会いたいと泣く彼女に、応えることができなかった。
もう少し待って、という私は、彼女を守る自信がなかった。

グズグズの仕事。
そこから逃げて、何が成し遂げられただろう。

おんなににげた
デザインができるから好きになったんじゃないからねという言葉に、釈然としない思いを抱く。

号泣。

自分には、何も残っていなかった。

才能も、恋も、全てが崩れ落ち、自分の人生からすり抜けて行った。

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