久しぶりの、ウィスキーにアマレットをひと垂らし。
近所に、ウィスキー専門のバーがある。
七人くらい入るともうぎゅうぎゅう詰めになる、カウンターだけの小さなお店だ。
ほとんどイベントらしいことはしない。一日一日淡々とお店を開けている。
だけど冬至の日は特別で、蠟燭の灯りだけで営業をする。
わたしは、年に一度この日は決まってピアノを弾くことになっている。
ピアノはお店にはない。わたしの家からアップライトピアノを商店街の小道をがらごろ転がして、持っていく。
置く場所もお店にはない。バーの手づくりのドアを開け放して、通り沿いにピアノを置く。
マスターは、わたしが昨年入院していたときも、ずっと気にかけ続けてくれた大切なひとだ。
でも、退院してお酒をあんまり飲まなくなったから、足が遠のいて、なんとなく疎遠になってしまっていた。
今日、「今年も弾きに行きます。」と伝えにいった。
* * *
よく飲みに行っていたときには、ウィスキーのロックにアマレットを数滴垂らしてもらっていた。
マスターには、ウィスキーが造られた土地々々の物語を教えてもらって、それからぐんと世界が広がった。
アマレットを垂らしたのは、たぶんウィスキー入門のために、マスターが考えてくれたことだったと思う。わたしがアマレットが好きだと言ったから。
ほのかなアマレットの香りと、ウィスキーの香りに包まれる、魔法のような飲みものができた。ウィスキーが変われば、匂いの溶けぐあいも変わる。奥深いウィスキーの世界を知れたのは、この一杯のおかげだ。
「今日は飲みます。あのアマレットの、飲みたい。」
と言うと、マスターは小さくうなづいて、久しぶりなのに、いつもどおりの一杯を作ってくれた。
今夜マスターが選んでくれたのは、バーボンの『OLD GRAND-DAD 114』
今日は久しぶりの夜更かし。いい夜更かし。
* * *
今年の冬至は十二月二十二日。
ピアノを運ぶのは大変だ。
マスターと二人、ひいひい言いながら転がしていく。
毎年、「いやあ、一年に一回でいいね。」とお互いに笑いあう。
今年も、そんな夜がやってくる。
そうそう、アマレットというのは杏の種のリキュール。杏の種って、つまりは杏仁豆腐の杏仁のこと。杏仁豆腐の甘い香りがするんだよ。
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