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皮膚、衣服、網膜、あるいはカンヴァス

みそみそ個展 「肌を摘む」レビュー
谷脇クリタ(犬と街灯 店主)

みそみそは、絵を描く桜井草平と、刺繍担当の新谷みなみの二人によるユニットである。桜井が描き、新谷がその図案を刺繍に起こす、あるいは絵の上にレイヤーを重ねるように直接縫い付けることで、心地良いリズム感と不穏な肉感を宿した作品を生み出している。
「みそみそ個展 肌を摘む」ではみそみその作品群とともに、それ以前の桜井個人の作品も展示されているので、本稿ではみそみそ以前と以降の比較という観点を交えて評していきたい。

まず、桜井個人の手法としての特徴は、<溶解>と<再構築>ともいうべき効果レイヤーを繰り返し重ねがけすることで対象から意味性を剥奪し、リズムをもった平面へと変質(パターン化)させてゆくことだ。これを時には筆の赴くままに、また時には分析的に、手と目を往還しながら制作している。
例えば、今回の展示では物販商品のひとつとして控えめに出品されている『Landscapes in a Portrait from two files』では、人体の一部を思わせる形状を溶解・再構築して次々と変容させてゆく過程そのものを、本という形の時間の集積として提示している。その中で人体と風景という、距離感や解像度の異なるモチーフを行き来していることも特徴的である。

みそみそ以降の作品においては、溶解効果で作られていたヒリヒリとしたディテールがあまり目立たなくなり、基本的には刺繍という手法がそれに取って代わっている。また、刺繍を伴わない作品においても同様の傾向が見られる。

出展されているみそみそ作品のうち比較的初期のものである「身支度」は、さまざまな架空の民族衣装に関する画文集としてまとめられた作品群である。表紙に使われている美しい刺繍絵画をはじめとして、画面の構成は桜井自身が「譜面を意識した」という水平方向の展開として整理されたものが多く、生々しい溶解効果はあまり見当たらない。抽象化された形体の反復を伴うそれは、フェルディナント・ホドラーに代表される象徴主義的風景画を想起させる。衣服は(肌と同様に)内と外を隔てるものであるが、風景という外界をパターン化することで、身に纏うことのできる衣服の生地に仕立てているようでもある。

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「肌を摘む1」は、肌色に塗られたカンヴァスの上に、何かの身体を思わせる写真をプリントした布地を縫い付け、さらにその上から刺繍で文様を施した画面4点からなる作品である。絵画平面の特権性を蹂躙するかのような暴力的ともいえる造作で鑑賞者と対象の距離感覚を撹乱しつつ、4点1組とすることで水平方向の反復パターンを生み出している。一見かわいらしい色合いと柔らかな雰囲気とは裏腹に、観るものを決して安堵させない危うさを孕んだ作品となっている。
本作において、桜井の手仕事における溶解/再構築効果は構造的に分解、物理的なレイヤーとして提示され、さらにその制作過程自体もはっきりと分業化されている。

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「肌を摘む2」は、桜井による柔らかな幾何形態のドローイングと、それを元にした新谷による半立体の刺繍オブジェから成る小作品群である。その左右対称な意匠と柔らかな肉感が示すように、人体を構成する細胞をイメージソースとしているが、鑑賞者によっては神秘主義的なアイコンのようにも、簡略化を極限まで突き詰めた極小の風景画のようにも見えるだろう。
細胞は身体を溶解、あるいは分解した小単位であるとともに、肉体をデフォルメした究極の形であるとも解釈できる。さらには、本来ならば反復されることで体組織として成立するはずの基本単位ひとつひとつを抜き出して提示することで、いわば虚数の反復ともいうべき未知の感覚が不穏にこだますのである。

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こうして展示構成全体を見渡すと、風景から衣服、衣服から皮膚、皮膚から細胞へと視点の解像度を変化させつつ、分解と反復によって極小と極大が連続し、ある種の円環構造が示される。私と世界を決定的に隔てる<膜>として同質である皮膚、衣服、網膜、あるいはカンヴァス。それらを摘み重ねて針で貫くみそみその試みは、むしろクラシックと言いたくなるほど「絵画」と真摯に向き合った態度といえるかもしれない。
また、ある作家の変遷としての意味づけを試みるならば、桜井自身の手仕事と不可分であったレイヤーや反復といった要素が、みそみそにおいては構造的に解体され、言語を介して新谷に手渡されることで、よりハイコンテクストで普遍性をもった表現に昇華していることがわかる。最初に絵を描くのが桜井であるとしても、彼が必ずしも全てのイニシアチブを執っているわけではなく、むしろ両者の対話の過程と言っていいだろう。

もっともらしいことを語ってはみたものの、桜井の表現の一番の魅力は淡々とした筆致の中から滲みだす手仕事の愉楽だ。みそみそはその美点を二人の対話の中において成立させている。彼らの作品の特異性は、突き詰めればこの二人の関係性であり、さらにいえばあるひとつの家族の、生活の中で生み出された表現という点なのだと思う。


「みそみそ個展 肌を摘む」
絵と刺繍の二人組みそみその初個展。
2019年11月3日〜23日(金・土・日 12:00~19:00)
会場:犬と街灯

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