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百二十八話 突撃

 停滞は、二日間続いた。耳をつんざく砲撃音が、遠方から絶え間なく、否応なしに聞こえて来る。
 各々の連隊は、将棋盤上の駒と同じだ。全体の戦況を見ている作戦参謀から「何日何時までに、どこどこに到着していろ」という命令が暗号で伝えられれば、絶対に守らなければならい。ましてや三個師団が動員される河南作戦で、自分の部隊だけ遅れるとか許される筈がない。
 とは言え、今や山頂にある國府軍のトーチカ群から一斉射撃をくらって、それが出来ずに居る。聯隊上層部の焦りは、頂点に達していた。

 苦悩の結果、連隊長は、敵陣山頂への突撃を決意。決死小隊を募った。
 作戦はこうだ。夜間敵が打ち上げる照明弾の合間を縫って、決死隊が芋畠を前進。敵陣ある山の麓まで辿り着くと、今度は山を登ってトーチカ群付近に忍び寄る。そして、払暁四時、それまでに山頂に上げた連隊砲二門、速射砲二門、大隊砲四門で敵トーチカ群を一斉射撃。四一式山砲の発射に続いて、決死小隊は敵陣に突入するのだ。

 突撃は、突然するものではない。唐突に行うものではなく、らちがあかないから突撃となる。
 よって、期日厳守が最大の使命である現地の隊長たちにとって、突撃は帳尻合わせのようなもの。そのため、責任を感じた中隊長が、自ら先陣を切って、やたらめったら死ぬ者が多かった。

 それにしても、今度の決死隊、まさに小一國語の教科書に載っていた英雄そのものだと浅井は思った。と言うか、これに参戦すれば自分が教科書に載り、末代まで語り継がれるのではないか・・・俄然胸中がざわめいた。
 どこからともなく決死隊求人の情報を嗅ぎつけた浅井は、即座に志願。おのが参戦を熱望した。
 しかし、時すでに遅し。在来の歩兵中隊の小隊が早々選抜されており、外部の隊からの参戦は阻まれた。

 「新たに登場した敵の新編第一師を撃破するにはこれしかない」
 聯隊指揮官は腹を括った。しかし、四一式山砲を山頂まで上げるとなると輓馬では無理だ。駄載も馬が可哀そうということで、なんと兵隊自ら背負うこととなった。
 浅井は焦り狂った。しかし、幸運にも浅井は車輪が当てられた。それ故、車輪を転がしていけばいいと思っていたが、そう甘くはない。班長の田村に指示され、車輪を背負うこととなった。
 こうして、浅井は、敵軍と自軍が射ち合う中、闇夜に紛れ、車輪を担ぐ。ブッシュをかき分け山を降り、山を登った。

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