百七十一話 乗船
小屋に戻って軍服を着る。前釦が填らない。腕首も袖口から十竰は出ている。
浅井はここに来て成長していた。毎日飯を存分に食っていたから、遅れていた成長期が一挙に促進されたのだ。
戦後八ヶ月で別人のように大きくなって浅井を見て、日々浅井を見ていた古兵ですら驚いていた。
無錫駅前――久々に隊員全員が揃う。浅井はその数の少なさに改めて仰天させられる。
同年兵十九名は浅井以外が全員戦死または戦病死。あるいは行方不明でその場におらず、居るのは浅井一匹のみ。ボッチになった我が身を振り返ると、空寂しい思いがする。
順次、列車に乗り込む。旧陸軍の倉庫ばかりある上海の兵站地で、乗船するまでの三日、宿泊することになった。
将校達は相変わらず姿を見せようとしない。兵隊は、彼らの命で死を厭わず突撃していったのだ。その彼らが、今や隠れるようにして、幹候出身者を中心に麻雀をしている。日本の兵士として一蓮托生ともに戦って来た思いがある浅井にとって、卑怯のように思えた。
三日後、乗船命令が出て波止場へ向かった。将校達が表に出ないため、各中隊の先任下士官が指揮をとる。
外國租界付近を歩いた時、小孩を含む若い男達に石を投げつけられた。それでも皆列を乱さず歩いた。
波止場の岸壁に星条旗が掲げられているのが見えた。米軍のリバティ型貨物輸送船が横づけされている。上半身裸の乗組員達が、甲板に張り巡らされたロープに寄りかかり、好奇の眼差しで我々日本兵を見下ろしている。
浅井ら兵隊はタラップを上った。
乗船――鉄パイプの梯子を伝い、船内に降りる。貨物は降ろされ、船腹は空っぽ。まるで倉庫のようだ。鉄板剥き出しの床に、各々背嚢を置く。祖國日本の港に着くまでの居場所を確保。一方、将校達はジュネーブ条約で客室が与えられているらしい。そこは居なかった。