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十四話 生きて虜囚の辱めを受けず

 くそっ~、キムチや朝鮮人参食って育った俺よりスタミナあるとは・・・。
 コイツ等、一体何者だ?
 
 両ひざに手を突き、青息吐息でうなだれる林。
 襟首の後ろを掴まれている。
 
 「貴様は間者か!?」
 「えっ、あ、あっ、いや・・・」
 「あ~?!なら、何で逃げるんだ!!」
 
 明らか走らされたことにイラついている。
 林は言い逃れも出来なくなった。
 
 「ちょっと、待ってくれ」
 一呼吸置いて、息を整え、
 事の経緯を一気に吐く。

 自分がこれから渋谷と戦おうとしている目黒・品川連合の一味であること。
 今回、本音では行きたくなかったが、行かざる得ない雰囲気になり、来てしまったこと。  
 浅井が宮本武蔵戦法を思いついたこと。
 そのため、斥候に命じられた自分以外は、約束の時間に二、三十分遅れてくること。

 林は一小節残らず、うたった。

 「何が宮本武蔵だ!俺は宮本工具の倅だぞ!」
 「そうだ、そうだ!宮本君は銃剣道の有段者だぞ!」
 息切らせて追いついたばかりの数人が、すかさずフォローした。

 どおりでつかまるわけだ・・・。
 宮本の呼吸は全く乱れていない。日頃の鍛錬の賜(たまもの)か、肺活量が尋常でないことを伺わせた。
 一方、宮本武蔵と宮本工具は比較対象にならんだろうと思った。

 「ヤス、コイツ信用ならん気がする」
 宮本が言った。
 「手間取らせやがって。安原君、こいつとっちめちゃおうよ!」
 好機と見たか、側近の猪みたいな奴が便乗してきた。その甲高い声から、木の陰に隠れていた俺を最初に見つけた奴だとわかった。林にとって最もいらん存在である。
 緊迫の刻が流れる。
 渋谷の番格らしい安原が歩み寄った。ツータックのズボン。足首の方にいくにしたがって細くなり、テーパードが効いている。
 「二、三十分遅れてくるの?なら、今戻ればいるよな」
 何気に選択肢が与えられておらず、例えいなくてもいると言うしかない。安原は身なり同様、ゆとりを感じさせながらも隙のない質問をしてきた。
 啄木鳥(きつつき)のように首を上下させ、激しく同意する林。
 
 「じゃあ、戻るしかないわな」
 安原の一言で場が締まり、皆歩き始める。
 ザザッという靴音に林は一瞬安心するも、ホントに浅井らは現場にいるだろうかと疑念が沸いてきた。首筋に生ぬるい風を感じる。
 その刹那、前をゆく安原が首だけ振り向き言った。
 「で、お前、捕虜な」
 「へっ!?」
 安原が渡した縄跳びで猪に結ばれる。
 林は戦わずして捕虜になった。

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