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玉ねぎは拾うべきか

ぽとりと玉ねぎが落ちる。それは今さっき、僕がスーパーで買った代物だ。丸い形の恩恵なのかコロコロとなかなかに止まらない。転がる玉ねぎと、それを追いかけるパジャマ姿の若者。それはまぁ、滑稽な気がする。そんなことを考えたら、急に今の状況が恥ずかしくなってきた。いっそのこと、あの玉ねぎのことは諦めよう。そうだ、それがいい。いくら深夜だからパジャマ姿(ジャージ)でいてもそこまで違和感がないとはいえ、玉ねぎを追う、その姿は笑いものに他ならない。僕はあの丸い刺激物を諦めることにした。惜しい存在を失くした。あいつは、確かにとっつきづらい奴だけど、じっくり炒めれば深い甘みが出るいいやつなんだよな。あれ、なんでだろ、あいつのこと切ったわけでもないのに、なんだか目に染みるや。・・・幸せにやってくれるといいな。・・・なんて頭の中で悪ふざけをしながら帰路につこうとしたとき、後ろから呼ばれた。
「あの、これ、落としましたよね」
 振り返ると、僕と同い年ないし年下ぐらいの女の子が、既視感のある玉ねぎを差し出してきた。
「え、ああ、確かに僕のです。すいません、ありがとうございます。」
「だめですよ、ちゃんと拾わないと。玉ねぎだって生きてるんです」
受け取り、礼を言った。ただ、なんとなく手放しでは感謝を出来ない。そんな自分が嫌だ。
「それじゃ、今度はちゃんと拾ってくださいね」
それだけ言うと、彼女は満足した様子で僕の帰路とは逆方向に歩いて行った。
 
 
 
 
とりあえず、玉ねぎに心の中で謝った。
 
 
 
 
 
冷たい朝日が差し込む。気のせいかもしれないが、冬の朝は他の季節の朝よりも青いと思う。たぶん、気のせいだと思う。
 
 まずい、眠すぎる。昨日会った彼女のことが頭から離れなくて、ほとんど眠れなかった。ぐるぐると、いまだに彼女の顔が頭の中に思い浮かぶ。
なぜこんなにも気になるのだろう。もしかして恋なのか。・・・たぶん違う。これはあれだ、ちょっと優しくしてもらっただけで、あの子自分に気があるのかなと思ってしまう現象、いわゆる、勘違いってやつだ。そう思ったら、なんだか昨日の自分が恥ずかしくなってきた。やっぱり深夜に考えごとをするのは危険みたいだ。
そこまで考えたうえで、ようやく僕は目を開けた。頭を起こして、枕元にある時計を見る。その瞬間、電撃が走る。飛び起き、無難なパンツとシャツに着替え、教科書なんか入ってない、逆に何のために持っていくのかわからないリュックを背負って、家から飛び出した。行く途中、昨日彼女と出会ったスーパーを通り過ぎたけど、彼女がいるわけもなかった。
 
 
 
 
夕方。僕は授業を終え、開放感に心を震わせながら帰り道を歩いていた。
 いつも授業中寝てばかりだけど、今日は特にすごかった。教室移動の時に友達に起こされていなければ、たぶんずっと寝ていたと思う。その間、ずっと彼女の夢を見ていた。
 
不思議だった。
 
 昨日初めて会った人のことを夢に見るなんて、そんなことがあるだろうか。昨日も眠れなかったし。別に顔も・・・いや、確かに可愛かったけど、全然好みではあるけれども、なんだったらタイプな方ではあるけれども。さすがにそこまで僕がチョロいとは思えない。僕だってもう21だ。人並みに恋愛はしてきたはずだから、女性に耐性がないわけではないだろう。だとすれば、いやあるいは・・・わからん。僕がチョロいだけとしか思えない。そもそもまだ恋をしているかどうかすら怪しいところではある。ああ、そうか。その前提、つまり、僕が彼女に恋をしているということ自体が間違っているかもしれないのか。       
確かにそうだ。彼女のことで頭を悩ませていて、彼女の夢ばっかりを見るからといって恋をしているということの証明にはならない。恋をしているかどうかは己自身が決めることだ。よし、もう一回、彼女に会ってみよう。
 
 いい感じの結論が出たところで、自宅の前についた。鍵を開け、中に入る。一人暮らしだから別に言わなくてもいいのだが、なんとなく、ただいまと呟く。鞄を下ろし、ベッドに腰かけ、伸びをする。このまま寝てしまいたい。だがしかし、今日はめずらしく夜中に用事がある。また同じ場所に行けば彼女に会えるという保証はないが、同じ時間に同じ場所に行く以上に、彼女に会える可能性を上げる方法がない。昨日の今日でまた、彼女があそこに現れるとはなかなか思えないが、それでも行ってみよう。
 
 
 
 何か楽しみなことが待っていると、時間のスピードは圧倒的にゆっくりになる。アインシュタインもそう言っていた。彼女と昨日会った時間まではあと、一時間ある。だけど、もう無理。我慢ならない。しびれを切らして僕は家を飛び出した。ちょっとだけおしゃれしていた話は墓までもっていく。あと、鍵かけるの忘れてたと思って、少し走ってから戻って鍵だけはかけた話も。
 
 その日の夜は少し特別だった。いつもよりも艶やかで煌びやかで艶やかで自分が主人公になった気分だった。彼女は居るだろうか。居たとして、会えたとして、どうすればいいのだろうか。・・・いやそんな不安は野暮だ。今の僕ならなんでもやれる。深夜のテンションはすべてを可能にする。
 結論から言えば、彼女は居た。ただ、昨日会ったスーパーの前じゃなくて、その手前にある公園のブランコに座っていた。昨日は急に話しかけられたからそこまで見てなかったけど、彼女は上下黒のスウェットを着ていて、少し恥ずかしくなった。
 うむ、やっぱり可愛い。でも、どうするか。話しかけてみるか。いや、なんか変質者と間違えられそうだよな。「あ、どうも、昨日玉ねぎを拾ってもらったものです。」っていくのか。いったとして、どう話を広げよう。玉ねぎか、玉ねぎだけでなんとかトークをつないで・・・つないでどうする、そのあとどうすんだよ。ええ。連絡先でも聞くか。でもそれこそ不審者だよ。怪人あのとき玉ねぎ拾ってもらったおじさんだよ。どうしよう。
 なんて悶々としながら、公園のあたりをうろうろしていたとき、公園の中から呼ばれた。
彼女だった。
 彼女が僕のことを呼んだのだ。
「おーい、昨日玉ねぎ落とした人でしょ。ちょっと話さなーい」
 彼女は手を振って僕を呼ぶ。あまりに急な出来事で、一瞬ボーっとしたが、すぐに我に返った。
 まじで。覚えててくれてんの。やば。
 我に返ったとて語彙力は一時的に極限まで下がったままだった。
 彼女は手招きを続けている。僕もそれに応えたい。あれだけ本当の意味で夢にまで見た彼女の隣だ。話してみたい。共通の話題がなかろうが、なんとかつなげて見せる。大丈夫。
 彼女の隣に行こうと公園に入った。歩みを進める。一歩一歩、鼓動が早まる。
「おじゃまします。」
「いらっしゃいませ。」
 身動きが取れなかった。頭が全く回らない。口もピクリとも動かない。隣にいるだけなのにこうも緊張するものなのか。どうしよう。話さなきゃ。何か、何かないか。
「あのさ、昨日の玉ねぎでなんかつくったの?」
「え、ああ、えっと、実は買っただけで満足しちゃって何も作ってないんです。」
「そっか、よくあるよねそういうの。なんか衝動だけで、すぐに熱が冷めちゃうやつ」
 そう言い彼女は微笑む。
 たまらなく可愛い。病的に胸が締め付けられる。僕は確信した。これは恋じゃない。もっと、もっと崇高なものだ。だから、告白なんて野暮なことはしない。別に勇気がないわけじゃない。そもそも、まだ名前すら知らない相手に告白するのはいろんな意味で失礼な気がする。一つも意味が思い浮かばないけど。
 そのあと、僕たちはまぁまぁな時間、話した。その間、何度も僕は昇天しそうになった。可愛すぎたからだ。僕の少ない言葉では彼女の可愛さを表現することは難しいので、ここはあえて『可愛い』その一言で片づけさせてもらおう。
 
 
「それじゃ、また今度ね」
 だんだん空が明るくなってきたとき、彼女は顔色を少し変えて立ち上がった。「うん、また今度」
 手を振りながら彼女を見送った。本当にまた会えるだろうか。
 
 
 
 
 そのあと、彼女とは何回か会った。特に会う日とかそういうのは決めてなかったけど、ふとしたときにあの公園に行けば、彼女はブランコに座っていた。僕を待っていたのかはわからないけど、必ず決まって彼女が先に居た。
 あるとき、彼女は、こう僕に話した。
「実はさ、もう会えなくなるんだよね」
「え」
 動揺した。目がいつもよりも二倍くらい開いていた気がする。
「理由は言えないんだけど、しばらくこの町からいなくなっちゃうからさ。だから、とりあえず今日で会うのは終わり。おーけー?」
 「え、ああ、うん」
 反射的に了解してしまったが、そんなの嫌に決まっている。最近の楽しみはもっぱら彼女と話すことだったというのに。それでも僕には止めるというか反抗する理由がない。僕と彼女は、深夜に公園で会って話すだけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、その報告を、彼女がこの町からいなくなるという報告を甘んじて受け入れるしか、僕には選択肢がない。
「ごめんね。急で。」
「いやいや。もともと、そこまで深い仲じゃなかったわけだし。大丈夫。それに『しばらく』ってことはいつか帰ってくるんでしょ?」
 微かな希望に手を出した。
「・・・うーん。たぶん」
 彼女は困った顔をしながら答えた。言葉の綾ってやつか。
「まあ、大丈夫だよ。必ずとは言えないけど、帰ってくるから。ね。」
 なかなか言葉が出てこない僕を案じて、彼女は言う。そんな優しくすんな。チャンカワイになっちまう。
「分かったよ。待ってる。」
「ありがと。待っててくれる人がいるなら、こっちも頑張れるよ。」
 彼女は微笑んだ。そして立ち上がり、振り返り、公園の入り口の方まで歩いて、また振り返った。
「じゃ、またね」
 そう言う彼女に朝日が重なった。とても美しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
彼女と出会わなくなってから一年が過ぎた。結構あっという間だった。
別に、彼女の瞳に恋なんかしてないけど、結構心配だ。あのあとから僕は、一度もあの公園に行っていない。なんとなく行ってもいないような気がしたからだ。でも、今日は居る気がする。前とおなじようにふと、そう思った。
 公園に近づくほど胸が高鳴る。彼女がいるという保証はないのに。久しぶりに彼女と会ったら何を話そうか。なにせ一年間も話していないのだ。いくら僕が口下手でも話すネタはごまんとある。楽しみだ。
 でも、そのわくわくは裏切られる形になった。彼女はいなかった。その代わり、いつものブランコの上に一冊の雑誌があった。誰かが忘れていったのだろう。それよりも、彼女がいない。来ていなかった。今までなら、ふとすれば絶対に居たのだ。僕の勘が鈍ったのか、はたまた、今までのはたまたまだったのか。少し落ち込みながら僕はブランコに腰かけた。なんとなく手持ち無沙汰になって、隣にある雑誌を手に取った。パラパラとあてもなく流し読みをする。どうやら、この町で発行されているもののようだ。そこまで都会でも田舎でもないこの町の特徴やら新しいお店やらが特集されている。こういうのって誰が読むんだろう。この町に観光しに来る人なんていないだろうし、僕も住んで長いけど初めてこういうの読んだし、本当に誰宛だろう。まぁ、いいか。
 一通り読んだと思って閉じようとした。その時、ある記事の表題が目に入った。
 
『ヴァンパイア伝説』
 
え、なんだそれ。この町の雑誌に、ヴァンパイア?気になって特集のページを見る。そこには根も葉もないうわさが書かれていた。誰が信じるんだこんな話。この町にそんな怪物が住むような場所はない。町おこしかなにかだろうか。ソースも書いてないし、たぶん嘘だろう。僕も聞いたことがない。
『この町のヴァンパイアの特徴は二つ。女性であること。もう一つは血を吸うわけではないということ。なぜならば、この町のヴァンパイアは直接人から精気を吸うからだ。そして、標的にした人物の精気をある程度吸い尽くしたら、急にその人の前からいなくなる。そしてどのように精気を吸うかというと・・・』
 まさか。いや、まさか。
『自分に恋をさせ、ある場所で一定時間話す。これでヴァンパイアは精気を吸うことが出来る。もし、万が一標的にされ、精気を吸い尽くされたら最後、死ぬことはないが、なんとなく存在感が薄くなってしまうのだ。』
 なんだそのオチ。存在感が薄くなるって。絶対嘘じゃん。この伝説。でも、もし本当だったら、もしあの子がヴァンパイアだったら。偶然だろうけど、雑誌に載ってるヴァンパイアの特徴とも合致するところが多いし。もしかしたら・・・いや万、いや百万が一彼女がヴァンパイアだとしたら。
いや、それがどうした。彼女がヴァンパイアだろうが僕は待ち続ける。もう一回彼女と話したい。もしかしたら恋なのかもしれないけど、また会いたい。
 とりあえず、今日ははずれってことで家に帰ろう。また、ふとした瞬間がくるかもしれない。その時にまたここに来よう。そうすれば、次はきっと会える。たぶんだけど、自信はないけどそう思う。
 雑誌をもとのブランコに戻し、僕は公園を去った。
 
『ちなみに、精気をすべて吸い尽くされた人間はヴァンパイアになってしまうという説もある。しかしこれは、森下さんが勝手に言っているだけなのでそこまで信ぴょう性がない。』
 さっき青年が読んでいたページにはこうも書かれていたようだったが、見落としてしまったようである。よくあるよね、そういうの。
 
 
 
それにしても今日は特に寒い。そうだ、鍋つくろう。そう思ってスーパーに立ち寄ろうとした。今日は結構お客さんいるな。みんな鍋作ろうとしてるのかな。
そんなことを考えながら入り口に向かおうとしたとき、スーパーから出てきた女性の袋から、玉ねぎが落ちた。ころころと丸い刺激物は転がって、僕の足元へ来た。なんの因果だろうか。
 
さて、玉ねぎは拾うべきか。

あとがき

どうでしたでしょうか。わけわかんない話ですよね。
僕もそう思います。
この話は、Broomっていう大学合同誌に出した作品です。
一応、解説みたいな、言い訳みたいなことを書いておきますと

『この話は全て偶然の産物』

それが今回のテーマでした。
だから、不自然な部分が多かったんですね。
あれです、イメージ的には、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな・・・
(ちょっとニュアンスが違うような気がしなくもないですが)

もっと言えば、ヴァンパイアなんていないし
彼女だって、別に普通の人間だし
主人公君は恋してます。
たまねぎが何かのメタファーとかでもないんです。
そういう、話です。

もうちょっと、書き方がうまければ、なんとなく伝わったとは思いますが、
やっぱり伝わりにくかったと思います。
頑張ります。精進します。

わんわん。


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