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読書(2020/10/20):『胎界主』第一部『アカーシャ球体』第七話『遅刻』で、河鍋はどこがどう「間に合った」のか?

1.ひょっとしてこういうことではないか

ダークファンタジーWeb漫画『胎界主』第一部『アカーシャ球体』で特に謎の多い、というか最後の夜沼聖子警部補の評がスッとは腑に落ちないことで有名な、第七話『遅刻』を、また分かろうとして読み返して、

「ひょっとしてこういうことではないか」

程度には納得がいったので、それを書いていく記事です。

2.Web漫画『胎界主』

一応未見の人に説明しますと、Web漫画『胎界主』とは、何かを創造できる者『胎界主』たちが、搾取者『悪魔』たち食い物にされるリスクに晒されながら、それでも何とか生きていく。という、連続してはいるが一話完結型の漫画です。

3.主人公『凡蔵稀男』

・人の意識と生命の「緒」を「見て」「弱めたり止めたり出来る」血筋に生まれ、

・血筋由来のひょろひょろとした虚弱体質を銃の火力で補い、

・育ちの過程で養父母を破滅させたため己の能力で人助けをしないと自我が維持できなくなり、

・そのくせ養父母を破滅させたため人と信頼関係を結ぶことから極力逃げる、

・自らは「運」の力に恵まれた『胎界主』であるくせに、当の本人がそうした袋小路に陥っている、

・そんな、病んだ、傷ついたヒーロー、『亡くし屋』こと凡蔵稀男。

4.第一部『アカーシャ球体』

第一部は、そんな稀男の生まれ育った日本の地方都市が舞台です。

稀男は、持ち前の超能力と銃をもって、そこの地方警察(後述)任侠団体(複数ある。後述)隠密依頼を受ける。

という話が、この第七話『遅刻』までは続きます。

5.第七回『遅刻』

この回では、研究者・河鍋が、任侠団体の一つで稀男と敵対することの多い『渾菜組』の、下部組織『伊豆金融』から金を借りて、返済に失敗して殴りこまれ、その際に妻に強めのドラッグを注射され、金を返した頃には妻が廃人になってしまっていたところから始まる。

妻を愛していた河鍋は、復讐の念に突き動かされ、『胎界主』の能力を開花させ、悪魔の手助けもあって、気が付いたら携帯用時間停止装置という大それた発明をしてしまう。

これを使って河鍋『伊豆金融』銃撃乱射で全員相打ちさせ、復讐を果たすが…

***

悪魔の一派閥のかなりのお偉方、ピエロのような外見の、君主魔王『ベールゼブブ』は、奴隷契約の履行命令と、12年のそれを12か月に短縮するためのボーナス任務を、河鍋に課す。

任務とは、悪魔各派閥が注目している、稀男との交戦。

稀男は、地方警察の依頼を受け、『伊豆金融』の事後処理を行っていた。室内の防犯カメラには河鍋と携帯用時間停止装置の姿が映っていたらしい。『伊豆金融』には河鍋の電話番号も残されていた。稀男からの電話。稀男の家への招待。決闘へ向かう河鍋。

***

決戦が始まる。河鍋、優勢に進めるが…トラップにかかる。

河鍋の実験の結果、この装置には二つの性質があった。

「時の止まった世界で作動できる「機械」はただひとつ」

「時を止めている自分自身とそれを取り巻く空間だけは正常な時間だ」

そして、稀男は防犯カメラから、上記の携帯用時間停止装置の性質を推測していた。

「時の止まっていない河鍋周辺の空間は正常な時間であるため、実は銃などの別の『機械』が動く。

ならば、河鍋にトラップとなる『機械』を踏ませて、携帯用時間停止装置をどうにかすれば、いけるのではないか」

稀男は、特注の電磁力板(何それ)で、外界の時間を停止している最中である携帯用時間停止装置に、無理やり圧力をかけてスイッチを押し、時間停止を解除させ、河鍋に銃弾を被弾させる。倒れる河鍋。

***

稀男は言う。

「死なないように「緒」を見ながら撃った たいした傷じゃないよ」

しかし。河鍋の望みは違う。

「私は優柔不断なノロマでね 研究以外の事は何でも妻に決めてもらっていたんだ その妻ももう永くはないらしい」

はドラッグで廃人になっていただけではなく、病院が言うには、もうじき死ぬのだという。

「ここへは君に……亡くし屋さんに背中を押してもらおうと 迷惑だろうが」

「頼む……助けてくれ」

もちろん稀男は、ドラッグで廃人になった河鍋の妻を、助けることなど出来ない。医療従事者ではないからだし、病院も匙を投げたのだから、この方面で出来ることなどない。

助けて欲しいのは河鍋だ。

妻がもうじき死ぬのだ。そんな後で、12年だか12か月だか何だか知らないし、奴隷だか何だか知らないが、生かされていても、何の価値も意味もない。

じゃあ、自分を死なせてくれ。

要は、そういうことを言っているのだ。

おそろしく仏頂面をしている稀男。稀男は「助けてくれ」と言われたら、助けずにはいられない。それが、人の生命を「止める」ことであっても。

6.謎の最後のページ

依頼者である地方警察の、特に馴染みの夜沼聖子警部補と会話する稀男。

河鍋は死んだ。ほぼ同じ頃に妻も死んでいたという。

そして、ここからが、パッと見に、大きな謎だ。

「うん

河鍋の死亡時刻が十二時二十七分

その二分前に妻も病院で死亡している

間に合ったらしい」

***

さて。

直感的に、

妻の死に目に会えなかった。間に合えてはいないではないか。

百歩譲って、妻の死ぬ前に、河鍋が先に死んで、涅槃で待つ。というのでも、やはり間に合えてはいないではないか。

夜沼警部補! 簡単に説明しろや! どう「間に合った」んだ!」

と思うのではないだろうか。

ここが、多くの読者にとって、大きな謎だった。

7.先に妻を置いて死んでたら、河鍋はクソ野郎になっていた

で、自分なりに解釈を試みて、ある発想に思い至った。

***

河鍋は妻がドラッグで死の淵に追いやられて嘆き悲しんでトチ狂っていたが、その嘆きと狂気のために、「自分がさっさと死のう」としていた。

「永くはないが、まだ生きてはいる妻を置いて」。

それではあんまりではないか。始まりは妻だろう。妻を置いていくなよな。

***

妻が先に死んでいたことで、河鍋はせめて「妻を置き去りにして身勝手に死んだ」ことにはならなかったことになる。

身勝手に死んだのも、それまで確かに生きてはいた妻のことはすっ飛ばされていたのも、何も変わらないが、外形的な結果としてだけ見れば、間尺は「間に合った」訳だ。

***

要は、「妻が生きている内に」じゃなくて、逆に「妻が死んだ後で」ならOK。というのが、評者である聖子のセンチメントの基準なのだろう。

要は、

「クソ迷惑な自殺野郎」

か、

「自分の痛みから逃れるために、痛みの源とは言え、妻を置いて自分だけ死んだ、真の人でなしのクソ野郎」

かの。

***

(後の『壊す力』で説明されるが)聖子は一瞬だけだけど、父に殺された夫の妻であり、そしてずっとそんな父の娘でもあったからね。妻を置いて死ぬ夫など、地雷もいいところだろう。

とはいえ、妻を壊されて河鍋が壊れるのは、人情としては分かるので、「妻を置いてはいない」「良い話」と「してやってもいい」。そういう、聖子なりの、ある種の仏心なのだろう。

***

稀男はそこまでは知らない。部分的に知ったのは『壊す力』の署長処刑時のはずだ。

だが、聖子に事情があるのは分かってて、そのセンチメントもまあ分かったのだろう。

そもそも、聖子がこの話をしたのは、自殺ほう助などというクソみたいなことをさせられて、気に病んでいるかも知れない稀男を、

「お前のやったことには、ちゃんと価値も意味もあった。ということにしていいんだからな」

と慰めるためだ。

そこのセンチメントは稀男にも分かるだろうし、だったらこれで少しは報われもする。と聖子は思ったのだろう。

***

繰り返すが、稀男は、そういうセンチメントは分かったのだろう。

で、その上で、そのセンチメント、稀男にしてみれば、やっぱり、「ケッ」としか言えん。 慰めにもならない。

死んだ河鍋と、評者の聖子は、そういうセンチメントに浸れるかも知れないが、稀男にとっては、やっぱくだらねえ。

そういう話だったのではないか。

8.「遅刻した」からこそ「間に合った」ということで「許される」

要は、

「先に妻を置いて死んでたら、河鍋はクソ野郎になっていた。

「遅刻した」からこそ「間に合った」ということで「許される」。

という、聖子には分かるセンチメント、稀男としては「ケッ」でしかない」

という読みが可能なのではないか。

そういう翻訳を試みたのです。

もちろん異論はあるでしょうが、河鍋が「遅刻」しながら「間に合ったらしい」と評される理由は、俺の中でしっくりくる読みとしては、こんな感じです。

いじょうです。

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