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本当にあった(かもしれない)怪談百物語 6.祖母の形見(前)

「祖母の形見」

 当時わたしは、度重なる上司からのセクハラとパワハラに耐えかねて、新卒で入った会社を辞めて、転職したばかりでした。。
 
 半ば衝動的に貯金や備えもない状態でやめてしまい、転職のことで喧嘩してしまった両親に援助を頼むこともできず、だいぶ苦しい生活を送っていました。
 
 そんな時、家賃や光熱費などの支払いに追われる中で思い出したのが、前の年に亡くなった祖母の遺品でした。
 
 祖母は宝飾品や貴金属を集めるのが趣味の人で、遺品整理で大量に出てきたそれらを、わたしも形見分けと遺産相続で一部譲り受けていたんです。
 
 明らかに高価そうなものや大きな宝石のついたものなどは母や叔母たちが我先にと取っていってしまったので、わたしの元に来たのは無骨な金属の塊のような指輪やチェーンだけのネックレスなど、洒落っ気のないものばかりでした。
 
 それでも多少は生活の足しになればと、わたしは近場の質店に持ち込みました。
 
 祖母には悪いという気持ちはありましたが、それだけ切羽詰まっていたんです。
 
 持ち込んでみて、びっくりしました。そんなに山ほどあるわけじゃないのに、一月分の給料くらいの値がついたんです。
 
 質屋のおじさんが言うには、デザインが古いし宝石もついてないから宝飾品としての価値は低いけど、純金や純プラチナ製だから素材の金属としての価値が高いんだそうです。
 
 正直その辺の詳しい仕組みはわかりませんでしたが、わたしは想像以上の値がついたことをただただ喜んで、祖母に感謝しました。
 
 ただ数点は素材が分からず値がつけられないと言われたので、わたしはそれだけは持って帰ることにしました。
 
 他のもので十分な金額になったというのもあるし、いくつかは形見としてちゃんと残しておこうと思ったんです。
 
 持って帰って、試しに身につけたりしてみました。微妙にサイズが合わないものなどもありましたが、使えない訳ではありませんでした。
 
 思ったより悪くないなとは思いましたが、普段使いには向かないしやっぱり趣味でもなかったので、棚の奥にしまっておくことにしました。
 
 その夜からです。始まったのは。
 
 夜中、わたしは物音で目が覚めました。
 
 ずる、ずる、となにかを引きずるような音と、かすかに人の声のようなものも聞こえます。
 
「……こ……すか」
 
「…え……て」
 
 泥棒!?と驚いて起きあがろうとしましたが、身体が金縛りにあって動けませんでした。わずかに首だけは動かせたので、そっと音のする方に顔を向けました。
 
 誰かが、部屋の床を這いずっていました。
 
「どこですかぁ……」
 
「かえして……」
 
 よくよく聴くと、そう繰り返していることがわかりました。
 
 声はひどくしゃがれて男のようでしたが、着物を着ている女性でした。背を向けているので顔は見えません。
 
 その人は、なにかを探すように部屋の中を這い回りながら、
 
「かえしてください…」
 
「どこですか…」
 
「かえしてください…」
 
 そう繰り返していました。
 
 わたしは直感しました。
 
 おばあちゃんだ。
 
 声が出せなかったわたしは、ぎゅっと目を瞑って、おばあちゃんごめんなさい!と何度も唱えました。
 
 そのうち眠ってしまったのか、気がつくと朝でした。
 
 その時は、祖母の形見をほとんど全部売り払ってしまった罪悪感が見せた夢だったんだと思いました。
 
 しかしその夢は連日連夜続きました。毎回わたしが心の中で祖母に謝っているうちに意識を失って朝になるのですが、ひどい時は朝日が差し込むまで眠れないこともありました。
 
 寝不足と心労で、わたしの精神状態はもうボロボロでした。
 
 おばあちゃんに謝ろう。
 
 そう思い立って、わたしは有給を使って祖母の家を訪ねました。祖母亡き後は祖父が一人で住んでいました。
 
 思えば祖母の四十九日以降は、ろくに来ていなかったなと、ひどい孫だなと反省しました。
 
 突然訪ねた私を、祖父は快く迎え入れてくれました。祖母の仏壇に手を合わせ、何度も何度も謝罪しました。
 
 そんなわたしの様子から何かを察したのか、祖父に近況を尋ねられて、わたしはここ最近のあらましを話しました。
 
 仕事を辞めたこと。
 
 生活苦から祖母の遺品を手放してしまったこと。
 
 それ以来、祖母が夜中に現れること。
 
 わたしの話をただ頷きながら、祖父は聞いてくれました。しかし祖母が現れると言う話を始めた辺りから、祖父の顔つきが険しくなりました。
 
 わたしは祖父も祖母と同じでわたしに怒っているんだと思い、その場で土下座しました。
 
「ごめんさい!お金が安定したら必ず買い戻します!」
 
 そう宣言するわたしの肩に手を置き、祖父が言いました。
 
「そうじゃない。いいんだよ気にしなくて」
 
「でも、おばあちゃんが」
 
「それはおばあちゃんじゃない」
 
 祖父の言葉に、わたしは衝撃を受けました。


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