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【吉田篤貴】俊英ヴァイオリン奏者が鋭意送り出す、眩く織り込まれるストリングス表現の魔法

蜷臥伐遽、雋エ1(photo by bozzo)

photo by bozzo 

俊英ヴァイオリン奏者が鋭意送り出す、眩く織り込まれるストリングス表現の魔法

interview&text:佐藤英輔

 ストリングス表現と聞いて、どういう音を思い浮かべるだろうか。確かな技量や審美眼の先に斬新な佇まいや情緒の数々がたおやかに百花繚乱している吉田篤貴EMO strings meets林正樹の『Echo』は、そんな問いかけに対する新たな答えを用意してくれる。その『Echo』は、新しいジャズ・ビヨンドの日本の音楽を世界に問おうとする、福盛進也のレーベル“S/N Alliance”から。そのマジカルな弦楽器音群とピアノによる潮の満ち引きのような斬新な音の波を認知すると、その事実にもおおいに納得してしまうだろう。かようなEMO stringsを主宰するヴァイオリン奏者の吉田篤貴はいかなる思いのもと、このオルタナティヴなストリングス表現にたどり着いたのか。その経歴や林正樹とのことを含め、彼に話を聞いた。

——最初から、楽器はヴァイオリンなんですか?
「そうですね、4歳から始め、ずっとクラシックをやっていました」
——クラシック一直線で、それほどポップ・ミュージックには親しんでこなか ったのでしょうか。
「演奏に関してはそうですね。聴く方は普通の家庭でしたので、普通にJポップなんかは聴いています。うちは他の弦楽器を習っている人たちと比べると一般的であったと思います。 親にクラシックの素養はなく、自分からやりたいと言 ってヴァイオリンを習い始めましたから」
——では、クラシックの奏者になりたいという目標をお持ちだったんでしょうか。
「もともとはそうですね。音大に入るまではそうですね」
——それが音大に入って以降、どう変わったのでしょう。
「作曲科の友達が結構いろんな音楽を教えてくれてジャズを聴くようになったりしたんです。仲間に大柴拓というギタリストがいて、彼は大学の同級生でタンゴとかいろいろやっていたりしていて、一緒にタンゴをやってみたり。そうして、いろいろなことに興味が広がりましたね」
——それで、クラシックではないヴァイオリン奏者としての道もあると考えるようになったわけですか。
「そうですね。4年生のときにこのままクラシックをやっていくことに意味があるのだろうかと考えました。クラシック自体は今も変わらず大好きなのですが、既に素晴らしい奏者たちが数々の名演で歴史を作っている中に入れるほど、自分の技量があるとは到底思えなかったのです。
それで、自分はクラシック以外にもっと可能性のありそうなことをやりたいと思うようになりました。そう言うと、逃げたように思われるかもしれませんが、ちょうどそういう時にピアソラやジャズなどもやっていて、やっぱりこっちの方が面白いなとなって動いていきました」
——卒業後は、クラシックにこだわらないフリーランスのヴァイオリニストとして活動するようになったんですね。スタジオの仕事も多かったんですか?
「そうですね。最初は劇団四季のミュージカルの仕事をやり、スタジオの仕事も少しづつやるようになりました。その頃は林(正樹)さんがやっていたSalle Gaveauなんかを聴いていましたね。それで(そのメンバーだったヴァイオリン奏者の)喜多直毅さんに衝撃を受けました。喜多さん周辺は聴いてましたね」
——そうしたなか、これは転機だったなと思えることはあったりしますでしょうか。
「転機ですか。それこそ大柴拓とやっていたことですかね。彼もクラシックもやっていたけど、自分の曲を作ってライヴもやるんだというスタンスを持っていました。彼とやっていたのは、ギターとヴィオラとフルートという編成(ユニット名は、TrioMono)で、アルバムを2枚ほど作りました(2012年
『kaleidoscope』と2017年『Supervivid』)。それがあって、自分の活動をやろうと思ったのが20代半ばぐらい。また並行してヴァイオリンとコントラバスだけのデュオ「GALI×BULI」を吉田聖也とやり、弦でのインプロや、ジャズやポップス等へのアプローチを深めていました。それらがあって、EMO stringsの最初のアルバムを出したのが2019年でした。そしたら、結構景色が変わったなというのはあります」
——そもそも、吉田篤貴EMO strings結成のきっかけは?
「マレー飛鳥さんがかつて金子飛鳥ストリングスというのをやり、ストリングス・チームとして作品作りをしたり、コンサートをやったりしていましたよね。弦楽器の集合体としてとてもアイデンティティがあったと思うんですが、それ以降そういう事をする人がいなくて、僕の世代でもそういう事ができたらなと思いEMO stringsを組みました」
——吉田さんはヴィオラもお弾きになりますよね。でも、どちらかと言うとヴ ァイオリンなんですか。
「そうですね。どちらかというと、ヴァイオリンです」
——挾間美帆 m_unitの場合はヴィオラですよね。
「そうですね。挟間さんには最初からヴィオラで声をかけていただきました。彼女にとってはヴィオラがしっくりきたみたいで。絶対、ヴィオラで入ってという感じでした」
——EMO stringsは、吉田さんの曲を自分のアレンジでという指針はあったんですよね。
「そうですね。最初からそうしています」
——実際やり始めると、いろいろ試行錯誤するところもあったのではないかと思いますが。
「今のところ、ライブにおける最大編成は9人なんです。ヴァイオリン4人、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス。弦でメジャーな室内楽というと、弦楽四重奏とか、五、六重奏ぐらいまでなんですけど、それをやっている人はいるので、もうすこし大きな編成にして面白いことができたらという願望がありました。9人で始めましたが、それは弦楽合奏といわれる中の最小の編成ですね」
——ヴァイオリン4人、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバスという編成は、よくあるんですか?
「一応、弦楽四重奏が二つあるみたいな発想ですよね。よくなされるかというとそうでもないですが、なくはないです」
——今振り返ると、EMO stringsのファースト『The Garnet Star』(T-TOC)はどんなアルバムだと感じています?
「当時やっていたレパートリーを早く収録したいという一心で作りました。
何度もライブを重ねてからのレコーディングだったので演奏は大分まとまっていますが、曲の内容としてはうまくいったなというものと、なんとか落とし込んだものもあります。当時の自分にできる最大限のものを詰め込みました。」
——その際のトレイラー映像を見て、若いっていいなと思いました。意気盛んに自分の思うことに邁進している様が伝わりますから。自分たちのストリングス表現を作ろうという意気を感じました。
「そう言っていただけると、うれしいです。そして、アルバムを出した後も、少しづつライヴをやったりしてきました」
——吉田さんはいろいろなことをやっていますが、EMO stringsはそうしたなか、一番中心にあるものとなるんですよね。
「そうですね」
——そして2作目は福盛進也さんが舵取りするレーベル“S/N Alliance”からのリリースとなります。吉田さんは、福盛さんと近い林正樹グループにも参加しています。また、同様に福盛さんと近い西嶋徹(コントラバス)さんは最初からEMO stringsのメンバーだったりしますが。
「最初篤貴さんからアルバムを出したいという話をいただいたときに出したいとは思いましたが、まだS/Nは立ち上げていなくて、お断りしたんですよ。その後、良かったら出しませんかと声をかけました」(取材に同席していた、福盛進也の発言)
——それで、セカンド作の要点は<meets林正樹>というリーダー名が付けられ、林さんが関与していることだと思います。吉田さんとともに曲や編曲を出し、前作は1部桑原あいさんが入る曲もありましたが、今作は全面的に林さんがピアノを弾いています。
「そうですね。林さんと作るというところで始まっていますから」

蜷臥伐遽、雋エ2(photo by bozzo)

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——林さんには、どんなところに魅力を感じますか。
「もともと林さんのファンでしたし、EMO stringsに林さんの曲が合うなと思っていたんです。一緒にやって衝撃的だったのは、僕の曲に《極夜》というもの(『The Garnet Star』に収録)があるんですが、それをリアレンジしてもらったときに自分が想像していたものの何倍も世界を広げてくれたんです。ピアノが入ってこうなるとは思っていなかったので。ものすごい技術があるのに、すごいソリスティックに演奏するのではなく、音楽を壊すことなく広げるというところがすごいと思いました。アンサンブルの妙というか、その辺が林さんは素晴らしいです」
——“meets林正樹”という名目のもと、どういう内容にしたいと思ったのでしょう?
「林さんを介して、前作と違う表情にしたかったんです。アンビエントな弦楽器の側面を出したものを作りたいと思いました。1作目はかなり具体的な分かりやすい曲が多かったので、その次にある雰囲気を出せたらいいかなと。曲は8曲中7曲がお互いの、既存の曲なんです。林さんの曲が5曲あって、僕がアレンジをしたり、西嶋さんがしたり。僕の方の1曲は林さんが入ることを想定し僕が書き下ろした曲ですね」
——どの曲も潮の満ち引きのように押し寄せてくると思ったらさあーっと引いたりしてシンプルな箇所になるとか、そこら辺のさじ加減に感銘しました。
「そう聞いていただけて、うれしいです」
——きっちり譜面になっているのでしょうか。
「基本的には弦の譜面は音符で、弾き手のことをイメージして書いたりもしています。それ以外の音楽的な決め事はあまり作りすぎずに演奏している感じです。」
——それは、気心の知れた、阿吽の呼吸でできる人たちとやっているということだと思いますが。
「そうですね、元々アンサンブル力がすごく高いメンバーなので、意図的に合わせようとしすぎずにそれぞれの気持ちいいと思う音を出すことで、自然に音楽を作りあげられるように意識しています。」
——EMO stringsに声をかけるミュージシャンって、どういうタイプの人たちなんでしょう?
「クラシックじゃない音楽もできる人、曲の意味を分かってもらえそうな人ですね。もちろん楽器が上手で、音色も大切ですが」
——レコーディングはどんな感じで進められたのでしょう。
「今回のレコーディングで2曲だけ12人に拡大した編成で録った曲があったんですが、それについては時間がかかりましたね」
——それはどうして、12人にしたいなと思ったんですか。
「室内楽、小編成にないものをやりたかった。アレンジしてみて、これは人数が増えたらいいなと思ったのがあったんです。よりストリングスという感じで」
——あと、ピチカートがすごく効果的に用いられているなとも感じたんですが。こだわりを持って使っているなと思いました。
「なるほど。確かにそうかもしれません。録り方が良かったと思います」
——最後の曲《The Wind Fiddler》はケルトっぽい曲ですよね。あれは、少し違う曲調なので最後に置いたのですか。
「毛色が違うかなあと思い、そうしました。とっ散らかったものにはせず、統一したコンセプトが出たものにしたいという気持ちはありましたから」——そのコンセプトというのは、具体的には?
「さっき言ったアンビエント、とか。具体的すぎない曲、サウンドというか。そういう部分って弦楽器にとっては新しい表現になると思うんです。そういうところを今後もっと突き詰めたいです。僕がこれからそういう曲が出せるかにかかっていますね」
——一方、アレンジの妙という部分も大きいじゃないですか。それにより、どうにでも行きようがあると感じてしまいます。今作を聞くと、弦の重なりって本当にいろいろな行き方があって、スリリングに行けてミステリアスなところもあるし、静謐な美も当然ありますし。そういう聞き味が渾然一体となって今の、多様な時代の高尚なインスト表現の提案になっていると思います。
「そうなったらいいなと思って作りましたし、面白いものができればと思っています。新作はめちゃくちゃ、うまくいったなと思っています。奥田泰次さんの録音も素晴らしいし、それも含めて大満足しています。それからクラシックをやっている人たちにも、こういう表現方法もあるというのを知ってもらえたら嬉しいですね。
——『Echo』というアルバム・タイトルにした理由を教えてください。
「響きあう、共鳴するみたいな。そういう意味合いで、そう付けました。それから、このアルバムが遠くまで届いたらいいな、という意味合いもありますね。いろんな聴き手の人に届いたらいいなという願いも込めました」

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『Echo』
吉田篤貴EMO strings meets 林正樹
吉田篤貴(vn)林正樹(p)青山英里香(vn)梶谷裕子(va)島津由美(vc)西嶋徹(cb)
[S/N Alliance SNAL002]


LIVE INFORMATION

吉田篤貴EMO strings meets 林正樹
〇3/4(金)19:00開場/19:30開演
【会場】象の鼻テラス(横浜市中区海岸通1丁目)
【出演】吉田篤貴(vn)青山英里香(vn)梶谷裕子(va)島津由美(vc)
西嶋 徹(cb)林 正樹(p)
■ご予約フォーム
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSftvRqJi-Ei75VNAifaGtQS-jDkGIzekey0yQqvlD5kAjmF2Q/viewform?vc=0&c=0&w=1&flr=0
■お問い合わせ
emostrings@gmail.com
https://zounohana.com/





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