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【富貴晴美】ロングインタヴュー『舞いあがれ!』サントラ:舞ちゃんと一緒に音楽も成長したい!


富貴晴美

舞ちゃんと一緒に音楽も成長したい!

intwervew&text:賀来タクト


――『マッサン』(2014)に続き、8年ぶり、2度目の朝ドラです。
富貴 お声をかけていただいて、とても嬉しかったです。私にとって、朝ドラは特別なものです。毎朝、放送されますし、放送期間も長い。10話くらいの連ドラではなかなかできないことをやることができるんです。
 
――2度目ということで、緊張も特にないと思われますけど。
富貴 いえ、「よりよいものを」と思っていますし、逆に自分でハードルを上げているかもしれません(笑)。今回(の制作チームの方々と)は本当に「はじめまして」でしたので、最初はどういう音楽を必要とされているのかわからず、私も手探りの状態だったんですけど、プロットや企画書の段階からストーリー的に面白くて、飛行機の物語って、朝ドラでも珍しいですよね。これ、空を飛ぶときの映像をどうやってやるんだろうって思ったりしましたし、脚本を読みこんで作品の世界観をうまくつかむことができれば、みなさんにも気に入ってくれるかもしれないと信じてやってきました。
 
――作曲に際しては、五島列島へ取材旅行に出かけられたみたいですね。
富貴 舞ちゃん(福原遥)はもともと何をやっても発熱しちゃったり、自分の意見を言えなかったりして、人の顔色ばかり窺う子でした。その彼女が空を飛びたいという夢を持ったり、前向きになったりするルーツが五島なんです。ばんば(高畑淳子)とも出会う大切な場所でした。五島にいなくても五島の精神が舞ちゃんにはあって、常に「ばらもん凧」を壁に飾っていますよね。五島での経験がなかったら、もしかしたらずっと病気がちなままだったかもしれません。
 
――五島と並んで、当然「空を飛ぶ」感覚も大切だったわけですね。
富貴 メインテーマは空を飛ぶイメージで書いています。滑走路から走り出してバッと飛んでいくイメージですね。それをどう音楽で作るんだろうって、ずいぶん悩みました。古い映画を参考にしたり、ひたすら『トップガン:マーヴェリック』(2022)を見たりしたんですけど、ちょっと違うなって思ったりして(笑)。舞ちゃんにとって、飛行機は人生そのもの。彼女は加速しながらどんどん自分の夢を見つけていますよね。小さいときから考えると、よくぞパイロットになろうと思うようなところまで行ったなと(笑)。まるで別人じゃない?っていうくらいの勢いで変わりますし、どんどん違う世界に行きます。ただ、空を飛びたいという気持ちに関しては、誰もが持っているものですよね。私も空を飛べたらいいなって思っていましたし、だからこそ音楽で表現するのが難しく感じられたんです。
 
――音楽全体からは明るく元気なエネルギーが感じられます。
富貴 メインテーマはまさに空を飛ぶイメージで書いています。冒頭のコーラスと中間部の民謡は五島(のイメージ)ですね。最初、(制作側からは)「あまり隠れキリシタンのことはそんなに主軸でやらなくていい。讃美歌とか入れなくてもいい」と伝えられていたんですが、五島に行ってみると、隠れキリシタン(の記憶)が島の根底に流れていて、街を歩いていてもあちこちにキリスト教的なことが見られて、どこへ行ってもそれが日常。全然、特別なことではないんです。美しい教会もいっぱいあって、これはどうやっても外せないと思いました。ただ、讃美歌といっても明るいものといいますか、未来を感じさせるコーラスのような感じにしたいなと。あと、五島って、昔はくじら漁が盛んだった場所でもあるんです。くじら太鼓という楽器もあって、お祭りではそれを鳴らしながら各家を回っているんですって。もちろん、今では別の革を使っていますけど、資料館にはくじらの革を使った太鼓が残っていたので、それをたたかせていただきました。思ったより軽い音が出るんです。結構、乾いた感じ。ドーンと響かない。中間部の打楽器はそのくじら太鼓をイメージしたんですが、そのさじ加減が難しくて。深みが出ないように、あえて軽めの音にしています。五島では民謡に詳しい方のお宅にもお邪魔していろいろ聴かせていただきました。民謡といっても、日本の民謡の音階に近くて、五島独自の島唄はないそうです。前に『西郷どん』(2018)をやらせていただいたとき、奄美の島唄を研究できたことがあったので、五島にもそういうものがあったら知りたいと思ったんですけど、誰も知らないし、何も出てきませんでした(笑)。民謡も外から入ってきたもので、それがちょっと変化して、海女さんたちが歌うようになったみたいです。
 
――民族色ということでは、ほかにも変わった音色が聞こえてきます。
富貴 バーンスリー(インド発祥の木管楽器)を使っています。それも私の中では大きな挑戦でした。実は、何年も前から使いたかった楽器だったんですが、なかなか合う作品がなくて。このつかみようのない独特の浮遊感は何だろうと。その不安定な感じが好きだったんです。今回、『舞いあがれ!』(2022)が飛行機の物語だと聞いて、これだと。バーンスリーを使える、使いたいって。長崎って、昔からいろんな文化が入ってきている場所なので、(インドが入っても)いいかなって思いましたし。バーンスリーの演奏に関しては、寺原太郎さんというバーンスリーの第一人者のライブにちょこちょこ通って、「(演奏を)やってもらえないでしょうか」と声をおかけしました。その寺原さんとよく一緒に演奏をやっていらっしゃるタブラ奏者の池田絢子さん、歌声がすごく面白いチベットの音楽家テンジン・クンサンさんにも録音に参加していただいています。すごく楽しいセッションでした。
 
――でも、民謡的、民族色的なものにとどまらない感触が今回の音楽にはあります。
富貴 今回は制作側からの要望もあって、各キャラクターの曲を明確に作りました。サウンドトラック盤の2曲目《アゴの如く》は、ばんばのテーマです。4曲目の《Thermalにのって》はバーンスリーを使った空を飛んでいる曲。5曲目《Believe myself》は舞ちゃんが自分を信じて進もうという曲。6曲目《空をみあげて》は舞ちゃんのテーマ。7曲目《コックピットから見えるHome》は岩倉家のテーマ。8曲目《ジェットストリームな教官》は航空会社のクセのある教官(吉川晃司)のテーマ。9曲目《ウイングを広げて》はお父さん(高橋克典)の事業拡大の音楽。10曲目《およ!》と12曲目《遥かなる五島》は五島のための曲。11曲目《なにはバードマン》は人力飛行機サークルの曲。14曲目《愛する人よ》はお母さん(永作博美)のテーマ。19曲目《大切なクルー》は久留美ちゃん(山下美月)のテーマ。20曲目《トレーダーお兄ちゃん》は舞ちゃんの兄・悠人(横山裕)の曲。22曲目《ネジと飛行機》はお父さんのテーマ。25曲目《放浪の歌人》は貴司(赤楚衛二)の曲。28曲目《サラブレッドなパイロット》はパイロット一族の息子・柏木弘明(目黒蓮)のテーマ、といった感じです。こういうふうに人物のテーマをちゃんと作ったことはほとんどありません。だいたいシチュエーションにつけることの方が多いです。でも、やってみたら楽しめましたし、変な言い方に聞こえるかもしれませけど、笑いながら作っていました(笑)。人に音楽をつけるって面白い! ジャズとかの曲調が出てくるのはその人のイメージから生まれた感じです。
 
――そういうキャラクターのテーマが土台にあるということで、曲を発展させやすくなるメリットもあるような気がします。
富貴 舞ちゃんでいうと、同じメロディを使いながら、少女時代にはリコーダーやオカリナを、20代ではフルートやオーボエを使っています。これから年齢を重ねていくと、もっと大人っぽい曲調になっていく予定です。ひとりの女性の成長を描く物語で、音楽も一緒に成長させてもらえたら嬉しいなと思っていましたけど、本当に成長させていただいている感じです。
 
――長崎出身の作曲家といえば、富貴さんのご友人でもある大島ミチルさんがいらっしゃいますし、その大島さんといえば隠れキリシタンゆかりの祈り「オラショ」を題材にした男声合唱組曲《御誦(おらしょ)》を学生時代に発表されています。
富貴 「オラショ」を入れてみたいなと考えたことはありました。ただ、「オラショ」は男性のもので、女性は唱えてはいけないし、すごく重いものです。聴いていても苦しいですよね。ちゃんと理解しないと失礼に当たりますし、生半可な気持ちでは書けません。そうやって考えていったら、今回(のような女性が主人公の作品で)は違うかなと思って、代わりに隠れキリシタンの聖歌や民謡を選んだところはありますね。大島さんの《御誦》は『舞いあがれ!』の音楽を考えていたとき、ずっと聴いていました。もし実際に「オラショ」を使おうとしたら、ミチルさんに電話をかけて相談していたかもしれません。「どうしよう」って(笑)。
 
――「空を飛ぶ」という部分でいけば、たとえばハリウッド映画などではフレンチホルンを使うことが定番になっています。でも、この『舞いあがれ!』ではあえてそれを避けているかのような感触もあります。
富貴 ホルンは(作曲構想の中で)鳴ったんですけど、何か舞ちゃんじゃない気がしたんです。舞ちゃんはもうちょっと繊細だし、優しい。今の時代にいるのかなっていうくらい純粋で明るい人。そんなストレートな人をまっすぐな気持ちで表現したいと考えたとき、やっぱり自分の場合はピアノじゃないかなって。小さいときから慣れ親しんでいて、いつもそばにあった楽器。私の中の王道といえばピアノなんです。でも、ピアノ弾きなのにピアノをメインテーマに持ってきたことって、今までほとんどなかった。結構、オケ(オーケストラ)に行くタイプというか、怖かったんですね。避けてきたんです、ピアノを。あえてやってこなかった。でも、今回は自分の楽器で真っ向勝負しようと。この『舞いあがれ!』の前に『そして、バトンは渡された』(2021)という映画をやったんですけど、それがピアノの物語で、ピアノと対峙するしかなかったんです。そのとき「自分の楽器はピアノなんだ」って思い知ったところがありました。使ってみたら心地よくて、あらためて自分の楽器なんだなって。それもあって、今回、ピアノを主軸にしていこうと思いました。
 
――放送はご覧になっていますか。
富貴 リアルタイムで見ています。毎朝、どう音楽が付いているか、楽しみです。(音楽は)日本映画のように付けられているように感じますね。ハリウッド映画みたいに全体的にベタッと貼られているのではなく、音楽を付けた後、そこから抜いているような。音楽のある場所、ない場所がハッキリしていて、新鮮に感じますし、丁寧に扱っていただいていると思います。音響さんは3人いらして、それぞれ(音楽の使い方が)違いますけど、的確ですし、(見ていて)面白いです。演出家さんも毎回、違うんですけど、今では名前を見なくても、今週はどの方がやっていらっしゃるのか、違いがわかるようになりました。それぞれの演出家さんでお好きなテンポ感、音楽の使い方がありますよね。そんな面白さは『マッサン』のときにも感じていたことです。
 
――クライマックスに向けて『舞いあがれ!』の音楽録音は続いています。
富貴 五島に行ったのが2022年3月末で、そこから帰ってきた4月から音楽を書き始めて8ヶ月くらい経っていますけど、今も飛び続けている感じですね。毎日、視聴者のみなさんと一緒に飛び続けています。この先、どこに舞いあがっていくんだろうって。私自身、このドラマがどう着地するのか、楽しみですし、音楽としてもいいゴールが迎えられたらいいなと思っています。


 

NHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」オリジナル・サウンドトラック
富貴晴美
[Columbia COCP-41897]
2022年11月23日発売



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