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〈CLASSICALお茶の間ヴューイング〉「コンポージアム2020 featuringトーマス・アデス (Thomas Adès)」プレヴュー【2020.4 145】

■この記事は…
2020年4月20日発刊のintoxicate 145〈お茶の間ヴューイング〉に掲載された、「コンポージアム2020 featuringトーマス・アデス」のプレビュー記事です。

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intoxicate 145


トーマスアデスa

Photo by Brian Voce

いよいよ全貌を現わす「ブリテンの再来」~トーマス・アデスの音楽とは?

text:林田直樹

 1998年のある日、音楽学者の岡部真一郎さんから、「どうしても会って欲しい、英国の天才作曲家がいる」と連絡をもらった。約束の場所に行くと、そこで紹介されたのが、あのラトルに目をかけられていると噂で持ちきりの、27 歳のトーマス・アデスだった。コーヒーを飲みながら何をしゃべったかはほとんど覚えてないが、ひとつだけ記憶していることがある。何かの拍子に、ショパンの話題になった。そのときアデスは大喜びで「あ、僕ショパン、めっちゃ好きなんですよね。バラードとかも弾くし」と目を輝かせたのだ。「え?ショパン」とやや白けた反応をした岡部さんに向かって、「どうして?ショパンいいじゃないですか。何かいけない?」と無邪気にショパンを擁護したのだった。


 アデスが「ベンジャミン・ブリテン以来の天才」と称されることの中には、作曲のみならず過去のクラシック作品の演奏においても特別な輝きがあることも含まれているに違いない。見事なシューベルトを弾くことと、新たな作品を生む作曲行為との間には、何か重要な連関がある。その点においてブリテンとアデスは共通のものがある。ボストリッジと《冬の旅》をやったり、《ます》のピアノパートを弾いたりする一方で、アルフレ-ト・ブレンデルの詩による《ブラームス》という曲を書いたり、ダウランドの嘆きの曲からインスパイアされた作品も書いている。過去とのつながりが強いのだ。


 今やアデスの活躍は目覚ましいものがある。最近日本で注目されたのは、メトロポリタン・オペラでブニュエル監督の映画を題材とした『皆殺しの天使』が上演され、2018年1月に日本でもライヴヴューイングされたことだろう。単なる意義ある現代作品というだけでなく、そこには大衆を惹き付ける要素があったことも重要である。


 アデスの最近作では、ドイツ・グラモフォンからリリースされた、自らボストン響を指揮した《ピアノ協奏曲》(2018年)と《死の舞踏》(2013年)をカップリングした1枚が面白かった。


 前者は、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調をどっしりと重量級の響きにして、もっと現代的でおしゃれにしたような感じだ。予想もつかない展開に満ちているが、しっかり構成されている。ジャズ風のノリの良さもある。いい曲だと率直に思わせる力がある。《死の舞踏》(メゾソプラノとバリトンとオーケストラのための)は、中世のテクストを元に、死神と教皇、皇帝、枢機卿、王、僧侶、騎士、市長、医者、高利貸し、商人、教区書記、職人、農民、娘、子供との対話を続けていく作品。アデスの音楽は、難解で知的なものを作ってやろうという鎧のようなものがなく、とにかく飾らず率直に、深く、ダイナミックに語り掛けてくる。


 東京オペラシティで予定されている『コンポージアム2020』で演奏される《アサイラ》(1997年)はラトルが2002年にベルリン・フィルにマーラーの5番で登場したときに共に演奏された重要作だが、どこかポピュラー音楽の匂いがする。クラブミュージックのようなビートが混入し、夜の都会の俗っぽさとでもいうような、羽目を外した遊びがある。3楽章構成の《ヴァイオリン協奏曲〈同心軌道〉》(2005年)は、最も長い第2楽章が特に面白く、鈍い音を立てて歪んだ空間が崩れ落ちていくような感覚は、病みつきになるくらい。


 《ポラリス(北極星)》(2010年)は日本初演。抒情的でひんやりした夜空のような美しさに始まり、北欧のラウタヴァーラを思わせる幻視的体験へといざなってくれる。


 アデスの作品はどれも、映像的なまでにイマジネーションをかきたてる、音だけのエンターテインメントとして高い完成度を持っている。21世紀の都市に生きる現代人ならではの、新しい詩情と、自由な精神がある。それは、いわゆる現代音楽オタクや内輪の関係者ばかりではなく、もっと幅広い音楽好きにこそ、開かれている。


■トーマス・アデス (Thomas Adès)プロフィール
1971年ロンドン生まれ。3本のオペラ作品『パウダー・ハー・フェイス』(1995)、『テンペスト』(2003)『皆殺しの天使』(2016)があり高く評価されている。指揮者としてニューヨーク・フィル、ロサンゼルス・フィル、ボストン響、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、ロンドン響など多くの世界的なオーケストラを指揮するほか、ピアニストとしてもニューヨーク・フィルなどと協奏曲を共演、イアン・ボストリッジとの《冬の旅》や、カーネギーホールやバービカンセンターなどでリサイタルを行っている。作品はFaber Music から出版されている。


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『トーマス・アデス: ピアノと管弦楽のための協奏曲/死の舞踏』
キリル・ゲルシュタイン(p)クリスティアーネ・ストテイン(MS)マーク・ストーン(Br)トーマス・アデス(指揮)ボストン交響楽団
[DG Deutsche Grammophon 4837998]〈輸入盤〉


LIVE INFOMATION
○コンポージアム2020 「トーマス・アデスの音楽(有料公演)」

 【日時】1/15(金)19:00開演
【会場】東京オペラシティ コンサートホール
【出演者】沼尻竜典 (指揮) 、 成田達輝 (vn) 、東京フィル
【曲目】アデス:アサイラ op.17/ヴァイオリン協奏曲《同心軌道》 op.23/ポラリスop.29)

○コンポージアム2020 「2020年度武満徹作曲賞本選演奏会(有料公演)」
審査員:トーマス・アデス
【日時】1/19(火)18:30開演
【会場】東京オペラシティ コンサートホール
【出演者】指揮:杉山洋一 管弦楽:東京フィル
【曲目】シンヤン・ワン:ボレアス、フランシスコ・ドミンゲス:MIDIの詩、デイヴィット・ローチ:6つの祈り、カルメン・ホウ:輪廻

※下記は開催中止となりました
○コンポージアム2020 「トーマス・アデス トークセッション」
○コンポージアム2020 「リーラ・ジョセフォウィッツ&トーマス・アデス デュオ・リサイタル」

詳しくは公式サイトをご確認ください
●コンポージアム2020 特設サイト
https://www.operacity.jp/concert/compo/2020/


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