第47回：思い出し笑い「interview 入船亭 扇辰」（&ツルコ）

第47回：interview 入船亭 扇辰

＊intoxicate vol.102（2013年2月発行）掲載

　ご存知落語専門レーベルのワザオギから年に1回リリースされている「ワザオギ落語会」というDVDシリーズ。ワザオギでCDを出している噺家が主に出演する落語会を丸ごと収録しているDVDなんですが、これ、ほんとうに丸ごと！ なんですよ。出演する5人の高座はもちろんのこと、舞台の袖、さらには楽屋にまでカメラが入り、噺家たちの姿を追っています。出番前の緊張感、手のひらに書いた「人」の字を呑みながら高座に向かう姿、舞台袖で他の演者の噺を聴く真剣な表情、高座を降りてくるほっとした笑顔、楽屋での様子など、関係者以外見ることができない裏の様子まで垣間見ることができて、まるでドキュメンタリーを見ているような面白さ。

　入船亭扇辰さんは、落語協会の個性的なキャラクターが揃った世代で、柳家喬太郎、三遊亭白鳥、林家彦いちなどの同期たちと芸を磨き合ってきた古典落語の実力派。ワザオギではすでに2作のCDを出しています。第8弾となる最新DVDにも出演していますが、この落語会はいかがですか？

　「音も絵も残るので、皆どこかしら緊張感がありますね。それだからこそクオリティの高いものになるのかもしれませんが。演目も好きにやっていいと言われているので、それも責任感が出ることになっているのかもしれないですね」

　会場のお客さまの雰囲気や演者のその日の気分などに合わせて決めるほうがいいだろうと、事前に演目のリクエストをしないのがワザオギのスタンスだそう。

　通して観ていると演者によって場の雰囲気が変わるのがよくわかりますが、新作落語の春風亭百栄さんに続いて登場した扇辰さんがつくりだす、一転してきりりと端正な落語の世界に引き込まれます。演目は、講談の「さじ加減」を自らが落語化したオリジナル。

　「以前CDで出した『徂徠（そらい）豆腐』も同じように講談のネタを落語にしたものです。どちらも落語として演じられてもいるようなのですが、実際に聞いたことはなかったんです。まず講談師の宝井琴調さんに元ネタの講談をお稽古していただくことから始めました。そうして覚えたものを、落語の形に直していったんです。講談から落語にする作業よりも、それをお客様の前で演じてみて、気づいたところを直して、という作業に時間がかかりましたね。琴調さんにはまだ聞いていただいていないのですが、（落語評論家の）広瀬和生さんが記事で書かれたものを読まれたそうで、『うれしかったよ』と言ってくださいました」

　客席だけでなく、共演者の皆さんも初めて聴く噺だったようですね。どんどん噺に引き込まれていって、終わったときの拍手の大きさに、お客様の満足感が現れているようでした。

　「講談は落語と違って起承転結があって、話の筋がしっかりしていますから、初めて聞く人でも面白く聞けるところがいいんですね。人がやっていないものをやることは強みになりますし、これからも続けていきたいと思っています」
　
　扇辰さんの落語を聴くといつも思い出すのが、2002年に真打昇進記念CD『扇辰日和』をリリースしたとき、当時「musée」だった本誌で、おかみさんである詩人の覚和歌子さんにお書きいただいたエッセイ中の「扇辰の佇まいは或るだけのものがそこに過不足なくきりりと或る、といった高潔さ」の部分。まさに！ と思った表現でしたので。もう一か所、CDレコーディング時の「扇辰はこの日も相変わらず誠実な仕事をしていた」も印象的で、あれから10年を経た現在、ホレボレしてしまう「さじ加減」の高座に現れていのは、この「誠実な仕事」の積み重ねなんだなあ、としみじみ思ったことでした。

　そんなきりりな扇辰さんですが、DVD中で、トリで高座に上がった白酒さんのマクラで自分のことが話題になっているところにステテコ姿で再登場してしまうというおちゃめさも、素敵。

■入船亭 扇辰（ いりふねてい・せんたつ）
落語家。落語協会所属。出囃子 ：「からかさ」。1964 年 2 月13 日 新潟の長岡 生まれ。1989 年九代目入船亭扇橋に入門、扇たつの名を与えられる。1993 年二ツ目に昇進。扇辰と改名。2002 年真打に昇進。2007 年国立演芸場花形演芸大賞銀賞、2008 年国立演芸場花形演芸大賞金賞を受賞。

CD『入船亭扇辰２』
「徂徠豆腐」「夢の酒」
[ ワザオギ WZCR-13002]

CD『入船亭扇辰１』
「野ざらし」「甲府い」
[ ワザオギ WZCR-13001]

DVD『ワザオギ落語会　vol.8』
古今亭菊六（現 文菊）「湯屋番」／春風亭百栄「弟子の強飯」／入船亭扇辰「さじ加減」／三遊亭兼好「元犬」／桃月庵白酒「付き馬」
[ ワザオギ WZBR-0008]