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第23回:思い出し笑い「古今亭志ん朝・桂文珍」(&ツルコ)

落語#76 落語研究会 古今亭志ん朝全集 下 展開写真

第23回:古今亭志ん朝・桂文珍

執筆者:&ツルコ
*intoxicate vol.76(2008年10月発行)掲載

 噺家さんが、“マクラ” と呼ばれる噺に入る前の雑談のときに、落語というのは聞きながら、その情景を想像することで、噺の世界に入っていくものなんだ、と言い出すことがあります。よって、落語は噺家の話芸とお客の想像力との両方が必要な芸能である、と、もっともらしい。だから、もしこれからやる自分の落語が面白くなかったとしても、その責任の半分はお客にある、というしょうもないヘリクツなんですけどね。


 確かに、想像力は必要。目の前に座っているのは着物姿の噺家一人。持っているのは扇子と手ぬぐい。男になり、女になり、子供になり、年寄りになり、たまに犬にもなる。手ぬぐいが本に、財布に、手紙になり、扇子が箸に、キセルに、刀になる。座ったまま、走ったり、眠ったり、船を漕いだりするしぐさもあるし、たった一人なのにその表現力の豊かさは、さすが何代も磨き上げられてきた芸ならではと、感嘆するほど。左右を向くことで、何人もを演じ分け、その視線もちゃんと計算されていて、相手がどのへんにいるのか、部屋の大きさがどれくらいかも、そこでわかるようになってます。


 もちろん「聞く」だけでも十分伝わるので、ラジオの時代に落語は大人気でしたし、当時の志ん生、文楽、円生など名人の音源が数多くリリースもされていて、夜、寝るときに落語を聞くっていう人も多いようです。暗くしてヘッドフォンで聞いてみると、すごく集中してその世界に入っていける。「見ながら」聞いているときには聞き流してしまうようなことに気づいたり、噺の印象が強く残るような気がします。でも、しぐさをしたり、表情が変わったりしているんだろうときに、お客が大笑いしてるのを聞くと、何が行われているのか知りたくて、フラストレーションになったりもしますが。


 いまは、映像も家で手軽に楽しめるようになりましたが、この秋の目玉はなんといっても、古今亭志ん朝と桂文珍、東西の名人のDVD作品かと。


 古今亭志ん朝の待望のDVDは、今年春の上巻に続き、命日にあたる10/1に下巻が発売されました。TBSの人気番組「落語研究会」の貴重な映像が上下巻で44席、若い頃から晩年までの志ん朝さんを見ることができるんです。このDVDに付属する豪華解説本に「思い出の古今亭志ん朝」と題し、上巻では関係者が、下巻では生前親交があったり、ファンだった各界の著名人が、それぞれの思い出を寄せているのですが、これがまた泣けちゃう。でも、中村勘三郎さんの、映像として見られることが、これからの人にはとても役立つ資料になるという言葉など、せめてこうして映像だけでも偲べることを喜ぼうという気持ちになりますが。志ん朝師匠の最後のお弟子さんである朝太さんが、「4コマの鉄人」(P31)にほのぼのと登場してますので、併せてご覧くださいね!


 おなじみ桂文珍さんのグレイトなDVD10巻シリーズは、この4月に大阪のなんばグランド花月で行われた10夜連続独演会をすべて収録したもの! 連日日替わりで東西の人気噺家をゲストに迎えたこの独演会は、チケット発売からわずか35分でソールドアウトだったそう。落語会で、ですよ! サザンとかSMAPじゃなく。驚きです。一夜分2席ずつ収録の10巻リリースもすごいこと。これはちょっと、という出来のものはなく、すべてがOKだったってことですものね。しかもハイビジョン映像とサラウンドですよ! 何度も言いますが、落語で。文珍さんは、いままでCDも数多くリリースされていますし、それもすばらしいものですが、やはり表情やしぐさが見えるというのは、より伝わりますね。たとえば「らくだ」だと、死人が踊る“かんかん踊り” って、聞くだけだとどういう状態なのかわかりませんが、映像ではその表情もおかしくて大爆笑ですし、壊れていくくず屋さんの様子もすごい。文珍さんの古典落語、新作落語を堪能できるすばらしい10日間ですよ。ほんと、おすすめ!


 志ん朝さんは生前、落語は一期一会の芸だから、と言っていましたが、とはいえこうして、亡くなってしまったかたの高座を再び見ることができ、チケットを入手できなかった会も楽しむことができるなんて、贅沢な時代ですよね。世の中いろいろありますが、悪いことばかりじゃありません。


DVD『落語研究会 古今亭志ん朝全集 下』
古今亭志ん朝[三代目]
[ソニー・ミュージックダイレクト 来福レーベルMHBL-99~106]

DVD『桂文珍10夜連続独演会 第1夜〜第10夜』
桂文珍
[よしもとアール・アンド・シー YRBA-90015〜24]

思い出し笑いライン


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