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ピアノ用靴の特許権侵害

「ピアノ演奏用の靴」の特許侵害事件の話題で持ち切りです。この特許(5470498号と思われる)はある女性が有していますが、この靴をある会社役員の男性が製造委託契約が終了しているにもかかわらず販売していたため、特許権侵害で逮捕されました。

この事件が話題になった理由は次の3点であると考えます。

①特許権侵害で逮捕は珍しいこと
(通常は、民事上の措置としての差止請求と損害賠償)
②この靴の特許がおもしろいこと
③製造委託を受けていた人が販売しても、特許権侵害になる場合があること

②の点についてお話しします。
この靴は、初心者や子供であっても、ペダル操作を正確に安定して行うことができるように設計されています。ピアノ演奏で音を途切れずに聞かせるためには、ペダル操作が重要です。しかし子供はペダルに足が届かず、ペダルをかさ上げするための装置が使われます。

この靴は、ヒールが踵よりもつま先に近い方に配置されています。図をみるとわかるように、ヒール(24)が通常の靴よりも前に付けられています。
図中のA(靴底後端~ヒール後端)と靴のサイズDの比率が11.9%以上になるように設計され、それによりヒール後端を支点とする上下方向のシーソー動作が可能になり、安定したペダル操作ができる、とのことです。

特許5470498号
J-PlatPat(特許庁、INPIT)よりダウンロード

次に、③の点です。逮捕された男性はH15年12月~H17年6月に製造の委託を受けていましたが、これが終了したH21年5月~H22年4月にフリマアプリでこの靴を約半額以下で販売していました。

発明の実施行為には、製造、譲渡、使用などがあります(特許法2条3項)。これらは各々独立した行為であり、たとえば製造が適法だからといって、譲渡(販売)が適法になるわけではありません。しかも製造委託が終了した後に販売されているため、正真正銘、違法です。例外として、特許品を購入すると、特許権は消尽し、これを転売しても適法です。つまり、特許されている製品を店舗で購入し、これを販売しても特許権侵害に問われることはありません(この行為は私たちもよく行っていることです)。

この男性は正当に店舗などで購入したのではなく、製造委託を受けていたからこそ入手できる販売前の靴を販売したと予想します。このとき、特許権も消尽していないため、特許権侵害となります。

製造委託を受けていた者が逮捕されるとは衝撃的です。この事件が話題を呼んでいるのは身内の犯行という点もあると思います。
特許権者である女性は労力と時間をかけてこの靴を制作しており、ブランドイメージを傷つけられたことにも憤りを感じているようです。特許権侵害でもブランド、つまり商標が傷つけられることもある、という点も今回の事件を通して学ぶことができます。

参考サイト
https://news.yahoo.co.jp/articles/9b0fb8397ef8e462fd1b00bc19c0977a0b3cee00

弁理士、株式会社インターブックス顧問 奥田百子
翻訳家、執筆家、弁理士(奥田国際特許事務所)
株式会社インターブックス顧問、バベル翻訳学校講師
2005〜2007年に工業所有権審議会臨時委員(弁理士試験委員)英検1級、専門は特許翻訳。アメーバブログ「英語の極意」連載、ChatGPTやDeepLを使った英語の学習法の指導なども行っている。『はじめての特許出願ガイド』(共著、中央経済社)、『特許翻訳のテクニック』(中央経済社)等、著書多数。