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iPS細胞から網膜細胞を製造する特許、使用認められる

「網膜色素上皮細胞の製造方法」という特許(6518878号)を使用する権利を求めて、理化学研究所の元研究員らが国に裁定請求をしました。
 
簡単にいうと、iPS細胞から網膜細胞をつくる技術であり、加齢黄斑変性という眼の病気の治療に役立てることができます。この特許は理化学研究所、㈱ヘリオス、大阪大学の共有です。治療に有効であるため、使用させてほしいとの裁定請求を、理化学研究所の元研究員でビジョンケア代表(高橋政代 氏)らが求めていました。
 
しかしこの裁定請求は認められず、取り下げられましたが、このたび和解し、一定の条件付きでこの特許を使用することが認められました。
具体的な経緯は公開されておらず、密室での協議となりました。産学連携のよいお手本の事例となるべきところ、残念ながら有用な特許を利用できる裁定制度は十分に活用されませんでした。
 
この裁定制度とは、発明が公共の利益に必要であるときは、使用を望む者が特許権者に通常実施権の許諾を求め、協議不調のときは、経済産業大臣に裁定を求めることができる制度です(特許法93条)。つまり、特許期間中であっても通常実施権(ライセンス)を許諾してもらうために国家に裁定請求するという、有用な発明を有効利用するための制度です。
 
特許の利用的側面を強調した制度であるにもかかわらず、本件では裁定請求から3年の月日を要したことは非常に残念です。
それでも高橋政代氏は、技術の一部でも使用できるようになったことに対する喜びを表明しました。
 
この特許により患者本人のiPS細胞から網膜細胞が量産できるようになり、しかも30例までが無償で行えるとのことです。この裁定制度の活用例はこれまでほとんどなく、今回の事件でも和解になったので、結局はこの制度が活用されたとはいえません。「特許の利用」という特許制度の趣旨を実現する最たる条文である93条が空文化されていることは、非常に嘆かわしいことです。
 
なお、この発明は簡単にいうと、「培養基材上でヒト多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)を接着培養する工程」です。これにより、多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞への分化を誘導し、それにより、多能性幹細胞の播種から通常25~45日目に網膜色素上皮細胞を生じさせることができる、という効果が得られます。

弁理士、株式会社インターブックス顧問 奥田百子
翻訳家、執筆家、弁理士(奥田国際特許事務所)
株式会社インターブックス顧問、バベル翻訳学校講師
2005〜2007年に工業所有権審議会臨時委員(弁理士試験委員)英検1級、専門は特許翻訳。アメーバブログ「英語の極意」連載、ChatGPTやDeepLを使った英語の学習法の指導なども行っている。『はじめての特許出願ガイド』(共著、中央経済社)、『特許翻訳のテクニック』(中央経済社)等、著書多数。