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【中国語講座】“很”の役割

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先日とある学校での授業で、生徒さんが「今更なんですが」と言いながら質問をしてくれました。いわく、形容詞の前に置かれる“很 hěn”は、あまり意味はないけどとりあえずどんな場合にも形容詞の前にくっつけておけばいいんですよね?というような質問でした。

このクラスはかなり長く中国語をやっている人たちが集まっているクラスです。ですからこのような質問をするのは、もしかしたら勇気が要ったかもしれませんが、結果としてとてもよかったのです。というのは、その時参加していた他のクラスメートたちもよく分かっていなかったからです。

中国語の形容詞は、単独で述語になると、比較のニュアンスを持ってしまいます。例えば、「今日は暑い」と言いたい時、もしこんなふうに言ってしまったら?

今天热。
Jīntiān rè.

文法的には問題ありませんが、ニュアンスがちょっと違います。これは比較のニュアンスが入ってしまっているので、「今日は暑い」というよりは「今日の方が暑い」というような場面で使う言いかたなのです。

A:昨天热,还是今天热?
Zuótiān rè, háishi jīntiān rè?

昨日の方が暑かったですか?それとも今日の方が暑いですか?

B:今天热!
Jīntiān rè !

今日の方が暑いです!

では、単に事実として「今日は暑いです」と言いたい場合はどうするか、というと、“很”の出番です!

今天很热。
Jīntiān hěn rè.

そうです。程度の副詞と呼ばれる副詞を形容詞の前に置けば比較のニュアンスが消えるのです。

程度の副詞というと、“很”のほかに“非常 fēicháng(非常に)”“真 zhēn(本当に)”“比较 bĭjiào(比較的、割と)”“太 tài(あまりにも)”などがありますが、この中で一番意味が薄いのが“很”です。辞書的には「とても」などと書いてありますが、強く発音しない限りあまり意味はありません。だから、比較のニュアンスを消したい時は数々の程度の副詞の中から“很”が選ばれ、多用されるのです。

逆に言うと、比較のニュアンスを出したい時には“很”をつけてはいけません。例文として出した会話文のBさんのセリフ「今日の方が暑い」はもし“今天很热。”と言ってしまうとすごく違和感があります。ここは程度の副詞は使ってはいけないのです。だから、「とりあえず形容詞の前に“很”をつけておけばいい」なんてことはないのです。

「AはBより~だ」という比較の文でも同じです。比較を表す構文なので、形容詞の前に程度の副詞を置いては絶対にいけません。

そこを分からずとりあえず形容詞の前に“很”をつけようと思って

×我比他很大。

などと言ってはいけません。“很”を削除して

我比他大。
Wŏ bĭ tā dà.

私は彼よりも年上だ。

と言わなければならないのです。

授業でこんな解説をしたら、生徒の皆さん、全員「なるほど!」と納得されていました。どうやら今まで単なる規則として聞いていた「比較の構文では形容詞に“很”をつけない」ということの理由が分かって、スカッとしたようでした。

入門期に形容詞述語文を習った時や、比較の構文を習った時は、もしかしたら先生はあまりそのような説明をしなかったかもしれません。入門期に色々言いすぎると混乱を招くかもしれないからです。でも、ある程度学習が進んで来たら、振り返って基本的なことを考えてみるのもいいものです。

語学は螺旋階段と言われることがあります。ある程度上に登ってから下を見下ろすと、その時は分からなかったことが分かったり、説明を聞くと納得できたりしますので、皆さんも時々螺旋階段を見下ろしてみてくださいね。

通訳・翻訳家 伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
「文法から学べる中国語」等、著書多数

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