2月29日と前髪の相対性理論
「4年前の自分からメールが来た」と友人がTwitterで呟いていた。
PRESENT4229という企画サイトがある。
そのサイトは4年に一度の閏日だけメッセージを登録することができて、登録されたメッセージは次回の閏日に指定のメールアドレスに送信されるのだ。
面白そうだったので、私も4年後の自分に宛てたメッセージを登録してみることにした。もちろん、送信先のメールアドレスは他人のでもいいのだけれど、4年も先のことなので、自分宛にしておくのが一番良い気がした。幸い、ここ数年、メールアドレスを変更したことがないので、4年後もきっと同じアドレスを使っているという確証だけはあった。
ところが、いざ、自分にメッセージを送るとなると、何と書いていいやらわからなくなってしまい、さくっと終わらせるネタのつもりが、半日程、真剣に悩むことになった。
将来のことを考えていないわけではないのだけれど、綿密な計画を立てるには、私の人生は波瀾万丈すぎた。例えば、リーマンショックのあおりを受けて内定先が潰れた、とか。
人生何が起こるか分からないのは身に染みているので、過度にリアリストになってしまい、何を書いていいのか分からないのかもしれないとも思ったが、リアリストはそもそも4年後の自分にメッセージなど送らないだろう。未来に希望を託したい程度には夢を見る力が残っているらしい。
あまり良くない記憶力をフル稼働させて、今までの人生を脳内再生しながらメッセージを書いた。内容は、4年後の私が受信するまで書かないでおく。
メッセージを書き終わったあと、妙に視界がクリアになって、純粋に、書いてよかったなと思えた。
将来のことよりも、今の自分が明確になった。
地に足がついたような気がした。
本当に偶然なのだけど、翌日の3月1日に、メンテと前髪を手に入れるべく、美容室の予約を入れていた。
明確になった内面とともに、外見も変化することができるのは、手っ取り早くも確実な心機一転だ。数日前の私、超グッジョブ。ありがとう。
前下がりの刈り上げマッシュにしたのは数年前。そこからずっと髪型を変えずにいた。前髪を作ろうと思ったのは実に数年ぶりの思いつきだった。
刈り上げマッシュにしたきっかけは着物に合う髪型だからなのだけど、真の着道楽である私が着物のことを語ると長くなるので今回は割愛する。機会があれば書こうと思う。
そんなわけで、意気揚々と美容室に行き、ずっと指名しているオジサマ美容師に「サイドは前下がり、後ろは刈り上げマッシュのままで、前髪を作りたい」と伝えたところ、間髪入れずにバッサリやられた。仕事をしないでネットサーフィンをし、厳選してiPhoneに落としたヘアスタイル画像は無駄になった。嘘だ。仕事はちゃんとしている。
オジサマ美容師はすごくクセが強い。健康ヲタクで、時事ネタが大好きで、客の話を聞くより自分の話をするときのが生き生きしている人だ。今日は新型ウイルスと免疫力の話を1時間半話していた。半年前、宇宙の話をしていた時はあっという間に感じた1時間半が、今日はなんだか長く感じた。
それでも、腕は確かなのだ。
とても綺麗に仕上げてくれるし、美容関係の語彙が少ない私がぼんやりと伝えた髪型のイメージを的確に汲み取ってくれる。一度、冠婚葬祭の関係で別の美容室に行ったことがあったのだけど、その後、オジサマ美容師に会ったら、一見して「僕の切り方じゃない切り方になってる」と言われてしまい、感動しながら血の気が引いた。
安心と信頼があるからこそ、画像が無駄になったとしても別に良かった。現に、用意してた画像とは少し違うけど、すごく良い感じに仕上げてくれた。美容系の語彙が少ないので、「良い感じ」としか言えない。申し訳ない。
強いて気になるところを言うなら、若干、短いのではないかというところだ。
しかし、友人や同僚の話を聞いていると、よく「切られ過ぎた」と言っているので、おそらく、世の中の美容師というのはミリ単位で切りすぎる傾向にあるのだろう。
あるいは、切られた直後だからそう思うのかもしれない。体感の話になるが、切った当日から数日の間、新しい髪形が馴染むころには、切られ過ぎたミリ単位の髪の毛が、良い感じに落ち着いていることがよくある。ひょっとしたら、その落ち着く時期までも計算に入れて切っているのかもしれない。天才だろうか。
ともあれ、この「前髪切られ過ぎた」問題は、概ね、2、3日の間しか見られない現象なので、私たちが無くなった数ミリの前髪を気にしている時間は、体感よりもずっと短いのだと思う。
敬愛するアインシュタインは、「可愛い女の子と一緒だと1時間が1分に思えるが、熱いストーブの上に座ったら1分が1時間に感じる。それが相対性である」と言っている。
4年後の私のために、今日からの4年間を、なくなった数ミリの前髪を気にする時間よりも短く感じられるようにしなければならないと思った。
<了>
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