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近づく”決算”~ウクライナ紛争は”誰得”だったのか?~苛立つゼレンスキー、自信に満ちたプーチン、そして西側は「悲喜こもごも」…


【画像① 苛立ちを隠せないゼレンスキー大統領、とうとうインタビューでウクライナ軍反撃の行き詰まり、国民内の不団結の広まりを認め、敗因を西側諸国の支援の”遅れ”のせいだと主張している。】




◆「同盟国(西側)の優柔不断」をなじるゼレンスキー大統領



まもなくロシアによるウクライナ軍事侵攻から3年目に入ろうとしているが、2024年に入り日本での大方の報道と逆に、ウクライナ側の”敗色”が濃くなる状況が浮き上がりつつある。年初の報道で、ゼレンスキー大統領がいらだちを隠しきれない様子が伝えられている。


「英誌『エコノミスト』が報じたところでは、インタビューに応じたウクライナのウラジーミル・ゼレンスキー大統領がいらだちを隠しきれない様子だったという。…『背中を丸めたゼレンスキー氏は主張を繰り返しながら、シチュエーションルームにある白いプラスチック製の机を指でたたいていた』という」

「ジャーナリストらは、ゼレンスキー氏が『同盟諸国の優柔不断』と『一部のウクライナ人の無関心』にいらだち、怒っているとしている。…ゼレンスキー氏は『エコノミスト』誌の新年のインタビューにおいて、ウクライナ政府が2023年に立てた目標を達成できなかったとし、ウクライナ軍は今後、クリミアに対する作戦に集中し、東部においては防衛に移行するとしている」

(参考)「ゼレンスキー氏、不満抑えられず 『エコノミスト』誌インタビューで」2024/1/2 リア・ノーボスチ通信(ロシア語報道)
https://ria.ru/20240102/povedenie-1919416949.html

新年にあたって世界と自国民に向けての、自信を込めたメッセージを発するどころではないようだ。XなどSNSを探れば、ウクライナ軍や政府の当局者もあけすけに「ロシアの優勢」「反撃の頓挫」を語り、せいぜい東部ウクライナ(ドンバス)における一集落での攻防で「持ちこたえている」「反撃した」などのアナウンスをするばかりだ。昨年来、ゼレンスキー氏が世界に向けて勝利を請け合った「大反撃作戦」は、昨年末までに「優柔不断な同盟国」のせいで蒸発してしまったようだ。


【画像② 兵器不足で日露戦争以来の旧式水冷機関銃マクシムを使って戦闘中のウクライナ兵士。12月21日、ウクライナ東部ドネツク州で。】




◆「金を出しても兵器がない」~ウクライナ軍への兵器供給が滞っている理由



昨年、西側諸国(のうちのウクライナ支援に踏み切った一部の国々)はウクライナに対し、戦車500両以上、航空機数十機、ミサイル数百発、砲弾数十万発の供与を約束したが、昨年内に届いたのは戦車と装甲車輌が300両前後、ミサイル100発前後、砲弾十万発くらいで、航空機はほとんど届かなかった。これは、操縦者、運用者を供給当該国で使えるように訓練することが終っていない(16機程度の供与がことし見込まれているF-16戦闘機などは、パイロットの転換訓練に8~10カ月かかる)のが原因である他、暫定的に各国軍装備から削って抽出したものが送られた以外、まだ生産が間に合わないでいるのだ。

21世紀初めまでに、西側諸国で主な軍事装備供給国となっていた米英、更に独仏などでは軍需企業の生産ラインの相当部分が撤去され、戦車などはほとんど量産されていなかった。今日、「新型戦車」と呼ばれるものは、ほとんど製造から数十年経った旧型を搭載機器のバージョンアップや火砲、装甲システムの交換で作り出されたもので、新造されたものは少なくとも欧米においてはほぼない。

ドイツなどはウクライナ西部に新規の戦車生産・改修拠点工場を建設することで2国間合意しているが、これも稼働するのはことしの秋以降だ(後述するが、ドイツは最も熱心にこのウクライナ紛争を機に、軍需生産の再興に取り組んでいる)。NATOも共同予算(基金)の大きな部分を「ウクライナ軍事支援」に振り分ける決定をしたが、その予算を使っても、肝心の供与すべき兵器がいまだ完成しないのだ。これは、生産ラインの再構築が着手されたばかりなのだから、いた仕方ない。

とはいえ、これがウクライナ軍が戦線で兵器、弾薬不足でロシア軍に押され気味となっている原因なのだ。もちろん、砲兵火力や航空戦力、さらに最近はドローン投入数もロシアがウクライナをはるかに上回り、ウクライナがロシアに勝っているのは動員による投入兵力数くらいだ(それも、若年者が枯渇し中高年で体力の劣る兵士が大多数であるが)。


【画像③ 激しく破壊され炎上中のロシア軍戦車】



ウクライナ軍総司令官のザルジニー将軍は、西側メディアの取材に対して昨年10月くらいから、あけすけにロシア側の装備の圧倒的優勢を繰り返し語るようになった。


「我々は攻勢に出ているが、こちらが1発撃てば10倍くらいの反撃砲火をくらい、空からも爆弾が襲ってくる」

いわゆる「制空権なき戦い」をウクライナ軍はひたすら、人的犠牲のみ重ねて続けているというのが現状なのだ。こうした”挽肉機”と化した戦場の状況は負傷して帰還した兵士たちから市民に伝わり、16~60歳とされる動員対象人員(最近は男女ともである)の多くの人々があらゆる手段を駆使してウクライナの外に兵役逃れのために脱出しようとしている。これらの人々を指して、ゼレンスキー氏は「一部のウクライナ人の無関心」となじっているのだ。


◆自信に満ちたプーチン大統領の新年メッセージ



一方、ロシアにとってもウクライナに対する「特別軍事作戦」が数年レベルという長期化に陥ったことは、苦しいものには違いないのだが、新年におけるプーチン大統領のメッセージは自信に満ちたものだった。2022年2月24日に踏み切ったウクライナへの全面的な軍事攻撃・侵攻作戦で、西側諸国から貿易決裁システムからの排除、輸出入に関わるさまざまな物資取引の停止措置、投資の引き揚げやロシア海外資産の凍結など巨額の資金的影響を受けるはずの経済制裁を課されたが、BRICS諸国を軸に新たな経済連携のネットワークが構築され、構造変化を短期間に遂げたことでロシアのダメージは最小限のものとなった。

また、BRICSは米国中心の政治経済システムからの独立性をいっそう強めると共に加盟国を増やし、より大きな勢力となったのもロシアのウクライナ侵攻後の変化の特徴だ。ことし、ロシアはこのBRICSの議長国となった。

以下は、タス通信で掲載されたプーチン大統領の新年メッセージだ。


【画像④ 大晦日の夜に新年メッセージの演説を行うプーチン大統領。】




<我々は一つの国、一つの大きな家族!~プーチン大統領>




「みなさん、我々は2023年を終えようとしています。…まもなく、それは歴史の一部となり、我々はさらに前へと向かい、未来を創造しなくてはなりません。今年、我々はよく働き、多くのことを成し遂げ、それを誇り、ともに成功を喜び、国益と自由、安全、そしていつでも我々のよりどころとなり、よりどころでありつづける価値を守るために、団結しました。我々を結び付けているのは、祖国の運命であり、ロシアがいま直面している歴史的段階がとても大きな意味を持っているということを深く理解しているということです。社会は大きな目標に向かっており、我々一人一人は祖国に対して大きな責任を感じています。この時代において、我々一人一人の未来への思い、お互いを言葉でも行動でも支えあうという思いに多くがかかっています。我々はそのことを明確に感じています。共通の福祉のための仕事が社会を堅固にします。我々は志においても、仕事においても、そして戦闘においても一つであり、平日でも祝日でも、ロシアの民族の特徴であるところの連帯と慈悲、忍耐を発揮しているのです」

「我々の軍人、戦闘配置についているすべての人々、前線で真実と正義のために戦っている人々、あなた方は我々の英雄であり、我々の心は常に皆さんとともにあります。我々は皆さんを誇りとし、皆さんの勇気に感動しています。皆さんは、大切な家族の方々の愛情、ロシアの何百万という市民の心からの応援、全国民からの応援を感じているでしょう。我々はいままで最も困難な課題であってもそれを解決できること、決してあきらめないことを証明してきました。我々を引き離すような力、祖先の記憶と信仰を忘れさせるような力、我々の発展を止めるような力は存在しないのです」

「皆さん、新年を迎えることはいつでも、明るい期待であり、家族を心から喜ばせたいという思いがあることでしょう。今から迎えようとする2024年は、ロシアでは家族年とされています。真の大きな家族というのは、子供がそこで育ち、両親に対しても心からのケアが行き届き、お互いへの愛と尊敬がある、そのようなものです。そのような環境でこそ、家への愛情が芽生え、祖国への忠誠が養われるのです」

「今から迎えようとする年、すべてのロシアの家族の皆さんに良いことがありますように。一つ一つの家族の歴史こそが、大きなロシア、我々の愛する素晴らしいロシアの歴史を紡いでいるのですから。ロシアの運命を決めるのは我々であり、ロシアの他民族からなる国民です。我々は一つの国、一つの大きな家族です。我々は、祖国の確実な発展、市民の福祉を保障し、さらに強くなることでしょう。我々は常にともにあります。それこそが、ロシアの未来の確実な土台です。皆さん、新年おめでとうございます!」

(参考)「プーチン大統領による新年のあいさつ」2023/12/31 タス通信(ロシア語報道)
https://tass.ru/obschestvo/19652003

ウクライナ、ロシア両者の状況を見て感じるのは、”決算の時が近づいた”ということだ。ウクライナ側の戦場での軍事的敗北は、もう火を見るよりも明らかである。おそらく、2月以降まで同国が戦時体制を維持できるかどうかは、疑わしい。


【画像⑤ ロシア軍側の損失も大きくなり、戦車は両陣営とも不足している。写真は予備兵器として保管されていた1960年代型の中戦車T-62の改良型で、昨年夏頃からロシア軍がウクライナ戦線に投入し始めた。】



ロシア側も、人的損失は決して軽くなく、苦しいものだろう。これは、西側からのかつてない規模での経済制裁をしのぐよりも、耐えることがはるかに困難だと思われる。何しろ、ロシアの若年人口の長期的低落は止まっていないのに、今次の戦争で多くの戦死者を出したことは痛い。人的損失の絶対数の比較以上に、様々な数字はおいてソ連時代の10年にわたるアフガニスタン戦争の損失をはるかに上回るものとなっている(死傷者数10万~30万の幅での推計数値)。

しかし、近々”勘定書き”が明らかになるとして、ある面で”得をした”国がありそうなことは、日本であまり考えられていない。その国とは、ドイツである。




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