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【卒展2022 Making Process】 #01 ビジュアルコンセプト

メインビジュアル担当
小笠原 勇人(おがさわら ゆうと)(@ogasawara991025
多摩美術大学統合デザイン学科5期生
永井一史・岡室健プロジェクト所属


初めまして、今年度の卒業制作展にてビジュアルを担当させていただいた小笠原勇人と申します。今回は卒展のビジュアルの基本設計のプロセスについてご紹介させていただきます。


1.ビジュアルの条件は?

ビジュアルを設計し、展開するためには様々なことを考慮に入れる必要がありますが、まず何より一番最初に必要なことは、前提条件を整理することでした。すなわち「何をクリアしていれば良いビジュアルになるのか」という話です。

過去の代の卒展における様々な引き継ぎ資料や、他大学での広報物などを幅広くリサーチし、ビジュアルに必要な要素をまとめていきました。

まず初めに
①卒展のコンセプトや自分達を表現すること。
これが最も重要なことであり、理想です。

続いて
②一度見たら忘れないインパクトがあること
③様々な展開に対応できること
④展示作品や会場に馴染むこと

これらが、ビジュアルを運用していく上で必要な機能として挙げられます。

そして最後に
⑤何かしら「新しいもの」であること
です。
これら5つを条件としてビジュアルの制作に取り掛かりました。

ビジュアルの条件


2.デザインの決め方、を決める

とは言うものの、いきなり「さあ鉛筆を握ってラフスケッチだ」というわけにはいきません。手始めに取り掛かったのはメインビジュアルの決定システム自体の策定でした。

今年は、最初に委員全体で「漠然とした」展示コンセプトを作り出しました。それはキャッチコピーのような削ぎ落とされた一文ではなく「こんな感じ」「こんなイメージ」といったキーワードや事例の集合体です。
それを自分が受け取り「ビジュアル」と「コンセプトワード」の1セットとして出力する、という方式を取りました。これによりコンセプトにビジュアル表現が縛られることなく、ビジュアル表現によってコンセプトがぶれることもなく、一体化した強固なものとして確立できるのではないか、と考えたためです。

実際に会議を重ねて生まれた“漠然とした”開催コンセプトは「学生それぞれの大切にしてること、研究したいことを見れる場所」「学生の発表会というよりは若手の作家・デザイナーの色んな作品が見れる展示」という感じになってほしいというものでした。

事例として挙げられたのが「芸術祭」や「万博」といったイベントです。特に企画開始時は「2025年日本国際博覧会(関西・大阪万博)」のロゴデザインが話題を呼んでいたこともあり、新しいものを見せる場所という意味合いで「万博」は非常に大きなキーワードになりました。


3.パターンから先史美術へ

具体的なメインビジュアルを設計する際に重視したのが「拡張性」と「収縮性」です。ビジュアルのデザインは常に同じような形式で使用できるとは限りません。会場の壁面を大きく彩ることもあれば、逆にSNSのアイコンなどの限られた小さなエリアで使う場合もあります。正方形の場合もあれば横長・縦長の長方形、丸の中に収めなければならない時もあります。どんな状況でも対応でき、同じ卒展のものであるということを示す必要があります。

そんな時に便利な仕組みとして選んだのが「パターン」でした。ウィリアム・モリスなどに代表されるパターンデザインは、ある一定の規則で繰り返すため、どこまでも延長することが可能です。

過去の万博やオリンピックなどをリサーチしていたところ、開催地の文化に根ざしたデザインが多く見受けられました。例えば近年で言えば2021年開催の東京オリンピックの「市松模様」などです。

そこで「民族文様」というものの成り立ちについてリサーチを始めました。文様が布地などに用いられることの多さから「パターン」としての展開と相性が良いと感じたためです。また、昨年度の統合デザイン学科の卒展のビジュアルも正方形グリッドのパターンと言える構造だったため、そこを継承する形にもなります。

民族文様の変遷を遡る中で辿り着いたのは「先史美術」の世界でした。
芸術の最も初期に位置するもので、ラスコー/アルタミラ/フォン・ド・ゴームなどの洞窟画で有名です。そこにも細分化された歴史が存在するのですが、そこに見えてくるのは「動物や自然」というモチーフに対して抽象から具象へとアプローチが変化していく様子です。

ラスコー

「ラスコー洞窟の壁画」
引用先:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BC%E6%B4%9E%E7%AA%9F

これを起点として、世界に様々な文様が成立していきます。
古代アメリカに成立したマヤ・アステカ・インカ文明などの美術もその発展形です。
例えば、アステカ文明の「太陽の石」は複雑な模様が彫り込まれています。解釈は多数ありますが、中央に配置されるのは大地の神で、外側には既に滅んだとされる4つの別の時代、その周囲には方角、1ヶ月を示す20の日、雨・風・死・動きなどを示す無数の図像……といった感じに様々な意味が込められているとされています。

太陽の石_2

「太陽の石(アステカの暦石)」
引用先:https://ja.wikipedia.org/wiki/太陽の石


太陽の石の事例からも分かるように、洞窟絵画・民族文様などは、その民族や文化が所有していた世界/宗教/宇宙観の表出から成り立ったものです。地球はなぜ昼と夜が訪れ、地の果てはどこにあり、私達は何のために生きているのか?そういった事柄への、その時代その地域なりの解釈が抽象的なシンボルとして刻み込まれている。より平易な言い換えをすれば、自分達を取り巻く環境への興味関心から成立したビジュアルということです。


4.古代遺跡と好奇心

今回の“漠然とした”開催コンセプトは「学生それぞれの大切にしてること、研究したいことを見れる場所」「学生の発表会というよりは若手の作家・デザイナーの色んな作品が見れる展示」という感じになってほしい、というものでした。
これは「それぞれの『好奇心』から生み出される展示」と言い換えることができます。
そして「好奇心」というワードは、先史美術の「自分達を取り巻く環境への興味関心」という原動力とピッタリ重なります。
世界への「好奇心」を原動力に構成される卒展には、同じ成り立ちをもつ民族文様をモチーフとしたビジュアルが非常に上手くマッチする、ということに気づきました。

そこで様々なパターンの資料を探しました。すると見えてきたのは、パターンは非常に計算し尽くされた仕組みの上で成立する、という事実です。
例えば東京オリンピックのロゴをデザインした野老朝雄さんのパターンデザインは、ベースとなる幾何学図形が非常に数学的に組まれています。それゆえに、パターンとしての最小単位がとてもコンパクトになっているものが多く見受けられます。

一方で、先ほど事例にも出てきたマヤ文明のパターンにはもう少しラフなランダム性があります。
例えば「ウシュマル」という有名なマヤ文明の建築には「プウク式」と呼ばれる建築様式は、正方形、あるいは長方形に切り揃えられた端面の切石を積んで作るのが特徴ですが、屋根の部分には複雑な幾何学図形やモザイク装飾が施されています。端面にそれぞれ彫り込まれている装飾が積み重なって大きなパターンを構成したものです。しかし、当然ながら特殊な機材などのない時代で、なおかつアナログな積み上げの末に作られる模様なので、僅かに歪んだり隙間が開いたりします。

プウク式建築

ウシュマル遺跡の「尼僧院」の一部。フレデリック・キャザウッドの石版画
引用先:https://ja.wikipedia.org/wiki/プウク式

民族文様、洞窟絵画、古代建築などは、見た目がもつ「月刊ムー」的なミステリアスさや「インディジョーンズ」的な探検感が重なり、ビジュアルだけで「好奇心」っぽさを伝えることができます。
そこで今回の卒展では、完全にシステム化された幾何学パターンよりも、プウク式建築のようにある程度のラフさが入る手作業の分量を多くすることよって、先史美術や古代文明的なニュアンスを出そうと考えました。目指したのはいわば「システマチック」と「ランダム」の境界です。


5.シンボル化とアナログな仕組み

元々統合デザイン学科には「INTEGRATED バー」というロゴマークが存在しますが、学科そのものよりも展示者ひとりひとりの好奇心に比重を置き、学科への帰属ではなく土壌として意識するための試みとして、今年度はあえてこのロゴマークを用いない選択をしました。
今回、自分達は「統合デザイン学科」という場所を1つの文化的土壌として、実在のものをそのまま模倣するのではなく、自分達なりの民族文様を生み出す必要があります。

「私の作ったものは、およそモダニーズムとは違う。気どった西欧的なかっこよさや、その逆の効果を狙った日本調の気分、ともども蹴っ飛ばして、ボーンと、原子と現代を直結させたような、ベラボーな神像をぶっ立てた。」

1970年大阪万博の「太陽の塔」についての、岡本太郎の言葉です。
この姿勢にならい、好奇心という「思想」と最終的なアウトプットの間になるべく余計なものを挟まず、直結したものにしたいという思いがありました。

作るべきはあくまで「シンボル」であって「ピクトグラム」ではありません。形状自体から具体的なモチーフを連想させないために、今回は「意味」だけをもとにシンボルを生み出すことにしました。
テーマにするのは「私たちが世界へ抱く好奇心」です。
「私たち展示学生はどんなことに好奇心を抱いているか?」それを無数に出して大きく括っていった結果、6つの単語が導き出されました。

・空間
・素材
・自然
・社会
・身体
・感情

これは、統合デザイン学科に存在するプロジェクトの数が6つであることにも因んでいます。
まず収縮性を意識し、アイコン・ロゴとして使用可能な最小サイズのデザインを考えます。SNSなどの使用頻度も踏まえて、円形をベースにします。そして、この円形を上手く埋めるように、それぞれの単語が持つ印象、イメージされる形状をもとに、6種類のシンボルを描き、Illustratorで整えます。これが基本のロゴデザインです。

6種シンボル

シンボルプロセス

llustratorのパスで制作した原案にテクスチャ感を付与するため使用したのは、自分が元々愛用していた「消しゴム版画」です。この手法を選んだのは取り回しが便利ということ以外に、マヤ文明などの建築がそもそも石彫であり、そこに共通性を見出したことにも由来します。
消しゴムにこのシンボルを彫り込み、スタンプしたものをあらためてデータとすることで当初のパスデータにはなし得なかった手触り感が生まれました。

注意事項などを示すピクトグラムなど、数多くの場所でこの版画技法を用いています。

版画素材

ピクトグラム


そしてこの6種類のパーツをそれぞれ自由に回転・増殖させて新たな配置を探し、様々な平面パターンを作っていく。それが今回のビジュアルシステムとなりました。

毎度手探りで上手く嵌め込める場所を探す、という非常にアナログな作業になります。幾何学的な分割をしていないことにより、シンボル間の空間は不均等になり、全体的に有機的・動的、そして原始的な印象を作ることができます。
そして今回はこのシステムの魅力を発揮できるよう、使用先によってそれぞれ全く違った組み方のパターンを都度制作しました。

パターン展開_2


6.会場と融合する配色を

さらに、これに色をつけます。
ここで重要になってくるのが展示作品や会場に馴染むことです。人目を引く色使いも重要ですが、展示会場自体の雰囲気とビジュアルがかけ離れてしまうと、告知を見てから会場に来た人へ悪い印象を与えてしまう場合もあります。

統合デザイン学科の展示会場は多摩美術大学の上野毛キャンパスです。普段から授業をおこなっている場所であり、校舎自体の歴史が古いこともあって、決してクリーンで美しい場所という訳ではありません。しかしそれゆえの地に足のついた雰囲気や経年の趣深さなどを内包しています。

このキャンパスにあった配色を決めるために、まずは校舎内に存在する色を可能な限り全て抽出しました。こうして並べてみるとカラフルな色が多いと言えますが、彩度が高い部分はごく一部のみで、それらを除くと残りの7割はコンクリートです。校舎の建築というのは往々にしてそういうものかもしれませんが、このキャンパスは「白」というよりも「灰色」の印象が強い場所でした。
また、校舎を遠目から見たときに印象深いのは「緑色」の多さです。中庭や外壁など、意識してみるとたくさんの樹木が生息しています。

校舎色_2

校舎写真_2

「灰色」と「緑色」の2色。これをメインの色に決めました。
校舎の構成色と同じものを選んだのには理由があります。それはサインやキャプションなどの親和性を高めるためです。
当然ながら校内全域の壁紙をデザインで塗り替えることはできません。例えば赤と青の2色をキーカラーにしたデザインを作ったとしても、それを校内の一部分に配置すると、自動的に赤色・青色+灰色の印象になってしまいます。
しかし、あらかじめキーカラーの1つを校舎と同じ灰色にしておくと、校内の一部に緑色を置くだけで、そこに緑色+灰色という理想的な状態を作ることができるのです。
そしてその2色に加えて、ごく一部を強調するためのアクセントとして「橙色」を加え、その3色を使用色として決定しました。

3色以外の色は一切使用せず、またその3色間でも面積比や組み合わせのレギュレーションを決め、全体の印象が変化しないようにシステムを構築しました。

配色ルール


7.書体、動き、完成

シンボルの構成要素が確定した次は、書体に関する部分を決めます。
先史美術からの発展の系譜をシンボルに取り入れていることから、書体でもそれを意識しました。
ローマにトラヤヌスの碑文というものがあります。欧文フォントの淵源と言われる非常に有名なもので、これも壁面に彫り込まれたものです。これを原型としたTrajanというフォントのゴシック体「Trajan Sans」を、シンボルと共に用いるロゴタイプに使用しました。
ちなみに2022年度を示す「’22」という表記方法は、「EXPO’25」のように万博が用いてきた表記方法を意識したものです。

「Trajan Sans」は本文書体としてはやや読みにくいので、文章などを記すときには「DIN」を用いています。和文は版画のテクスチャ感と相性が良く、滲みを感じさせながらもスタンダードな形状の「A1ゴシック」を選択しました。

フォント01

フォント02

映像として動きをつける際は、全体に意識したアナログ感とマッチするよう、フレームレートを低くすることを全てにおける共通のルールとしました。
フレームレートとは動画の1秒間が何枚の画像で構成されているかを示す単位のことで、ゲームなどは30fps、アニメなどは24fps程度が平均的ですが、今回は16fpsとかなり低くしています。文字なども実際にその場で組まれていく様な細かい挙動を作り込み、手書きのアニメーションと同じように原始的な気配を感じさせることを意識しました。


こうして、ビジュアルの全ての仕組みが決定しました。
これは自分が定めた最初の条件を理屈の上で満たしたものとなります。それが実際に効果的に機能していくのかどうか、それはビジュアルを用いた様々な展開によって決まっていきます。

ではこのデザインを用いて、実際にどんな展開がなされていったのか? それについては次回の記事でお話ししたいと思います。

メインビジュアル作成
小笠原勇人

(編集:海保奈那・野村華花)


3月13日から八王子キャンパスで開催される、美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B(ピックアップ卒展)では他学科の作品も同時に鑑賞できる展示となっております。是非ご来場ください!

多摩美術大学 美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B(ピックアップ卒展)

会期
3月13日(日)〜3月15日(火)
10:00 - 18:00(最終日15:00まで)
場所
多摩美術大学八王子キャンパス アートテーク
東京都八王子市鑓水2-1723
交通
JR・京王相模原線「橋本」駅北口ロータリー6番バス乗り場より神奈川中央交通バス「多摩美術大学行」(運賃180円)で8分、JR「八王子」駅南口ロータリー5番バス乗り場より京王バス「急行 多摩美術大学行」(運賃210円)で20分
詳細2021年度 多摩美術大学 美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B

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