蛾の1周忌


 西暦2021年5月某日、近所のゲオから借りてきたエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー映画を観ていた私を襲ったのは、音楽的霊感としか言いようのないものでした。冒頭10分が過ぎぬうちに体内を未聞の音楽で満たされてしまい、映画などそっちのけで作曲用ソフトを起こし、オクターヴチューニングの完全に狂ったエレキギターで採取した音を打ち込んだ結果が、いま『蛾の死』というタイトルで聴くことができる楽曲です。
 つまり私の主戦場である Parvāne は、自ら企図して始めたのではなく、他ならぬ音楽自体による暴虐的な下命によって導かれたものです。これとて私にとっては何ら驚くべきことではありません。成人してすぐにインストゥルメンタルバンドを始めた頃から(いやそれどころか理論など知らずに黙々と作曲していた未成年の時期から既に)、音楽は常に主として在り、私はその奴僕として従うだけの存在でした。昨年の今日『蛾の死』をマスタリングまで完了させるに及んで去来していたのも、「また始まってしまった以上、逃げても無駄だ」の観念ひとつのみでした。
 それ以前にも、西暦2019年7月の肉体労働中に訪れたエピファニー(福岡県吉塚駅までの切符代を出していただけるならば、それが顕現したときに私が従事していた現場に赴き、実際にどの程度の高さの足場で作業していたか等のディテールに至るまで検証を加えることができます)は15ヶ月間を経て小説作品となりましたが、その間の厳冬に数日間部屋のガスと電気を止められても冷水で身体を洗っていたし、39℃の熱が出ても大喜びで執筆・編集を行なっていました。持ち前の躁病傾向が奏功していたのは間違いありませんが、自らの裡にゆるがせずにおいた観念があったからこそ私の諸作は受胎および分娩されたと言いうるのです。すなわち、「天命には逆らわない」という。

 私の主戦場はかつて文学・いま音楽ですが、どちらの「界隈」にも共通して、まるで作品を産むことが自分で制御あるいは治水可能なものであるかのような物言いが散見されます。単にプロ・アマ問わず、文学や音楽を習い事か仲間内での気の利いたジョークかのように扱ってきた輩どもで占められているからそのような惨状なのだと思いますが、やりたいことをやっただけの産物を見せびらかして、それを褒められたり貶されたりして喜んだり落ち込んだりしているならば、それは単なる自己愛の市場で流通する駄菓子の味覚であり、コインの裏表ですらありません。もしあなたが「創った」と称するものが自身以上の大なる存在への献身によって始められたのでないならば、それは作品と呼ぶに値しないばかりか、「天命には逆らわない」という東アジア人として当然の心性にも則っていない以上、もしかするとあなたは人間ですらないのかもしれないということを、この場を借りて世の「作家」たちに通告させていただきます。

『蛾の死』によって始められた Parvāne は、西暦換算の1年を閲し、アルバム1作・シングル1作、全10曲(『Mercy』と『Sicken Speaking』も含めると12曲)、総尺60分という実数を示すに至りました。有料・無料を問わず、出立間もない Parvāne の作品を手に取り・ご感想を寄せてくださったすべての人々に感謝いたします。本日は蛾の1周忌(日付としては私の誕生日であり、また昨年にはムスリムとしてシャハーダを遂げることを予定していた日付でありましたが、まさか音楽家としての新生までもが準備されていたとは知る由もありませんでした)であり、とくに計画した捧げ物はありませんが、昨年の今日リリースした『蛾の死』の初出音源を無料ダウンロード可能な状態で公開しております。もちろんBOOTHを全廃した流れで無料公開にスイッチしたにすぎませんが、いま聴き直すと(たった1年しか経過していないにも拘らず)若々しい・初々しいといった形容が相応しく、翻っていかに遥けき道を Parvāne が通ってきたかを実感させるに十分な内容となっておりますので、アルバム版のみお聴きの方々におかれましても是非この機会にどうぞ。勿論この曲は備えられた能力が十全に引き出されたとは言い難く、今後の年月を経てさらに奥深さを増す質のものであることは確実です。ひとつだけ例を挙げるならば、この曲がE♭mではなくEmキーで作曲されていることを知ったとき、分析者の理路にいかなる智慧がもたらされるか。これさえも作曲者が理解している要素のほんの一例を挙げたのみにすぎません。

 前述したように、6月生まれの私にとって5月は熾烈の季節であり、2年前には小説の最難関部であった第17章の38,500字を1日で書き上げ、昨年には『蛾の死』を作曲・作詞のみならず音源として完成させ(ちなみに、現在にいたるまでボーカルレコーディングで使用しているオーディオインターフェイスは、引越作業中の友人から無料で譲り受けたものです。音源制作で使用している機材もすべてありあわせのものであり、天命に従って行う以上は起業家ぶった投資など一切必要ないことがお解りいただけます)、そして今年はラマダーン明けから急ピッチの作業でシングルと呼ぶには膨大すぎる情報量の3曲を仕上げました。副産物として(知り合いの企画に寄稿する関連で)原稿用紙数20枚の短編小説も産まれましたが、あくまで付随的なものに過ぎません。

 1周忌を経て Parvāne は、当面の目標である2ndアルバムの制作、およびそれと並行した生演奏バンドの練磨に入ります。正確には、2ndアルバムの制作過程で仕事を依頼するミュージシャンたちとの相互的な反応の結果として実動する楽団= Parvāne が生まれるということです。既にアルバムのコンセプトは詳細にわたり練られていますが、「Parvāne の『Ænima』」と書いてしまえばどなたにもその概要がお解りいただけるかと思います。その『Stinkfist』に相当する1曲が、つい先日完成しました。
 それによって、

・2ndアルバムの先触れとなる楽曲のスタジオライブ版を、最も有望な演奏者たちとともに撮影およびレコーディングする。
・その映像および音源を公開し、 Patreon をプラットフォームとして2ndアルバム制作の支援を募る。

 という次なる明確なプランが目の前に開けた以上、 Parvāne は孜々として実行に移すのみです。以降の活動報告や作品配信は Patreon を介しますので、現時点での蛾を奇貨として居いていただける方々におかれましては、ぜひとも支援をお願い申し上げます。リハーサルやレコーディングの費用に加えて東京往復の交通費も加算されるので私の収入のみを元手としては間違いなく破産しますが、もちろん無一文になってもこのアルバム制作を最優先事項とします。

 事務的な報告は以上ですが、私も皆様も市井にて暮らす一介の民草であるからには、以下のことも書いておかねばなりません。
 ご存知の通り、ここ数ヶ月いや数週間で、日本国内における日用品あるいはインフラ使用料の価格が異常なほどの高騰を見せました。他国情勢のあおりか・それとも本国与党の無能ぶりによるのか判然としませんが、端的に私は、とても良いことだと思っております。なんのために良いか? もちろん「人間が生きる営みにおいて(重商経済的な意味での)経済など尊重する必要は無いし、破壊しても構わない」ということを世の人々が実感のレベルで学ぶにおいて、です。
 ただでさえ本国においては、ジャーナリストだか作家だかが、頼まれもしないのにこういう冷静な分析に見せかけた泣き言を垂れ流し、それを真に受けた凡愚どもがああそうなのかあもうどうしようもないのかもしれないなあと汚物をさらに発酵させるかのような無賃金労働に従事しているのですから、現今で起こっている惨状も至当の仕儀にすぎません。常時インターネット接続環境があり自由な言論が許されておりソーシャルメディアを使えば自分の意見を聞いてくれる人間をいくらでも獲得できるにも拘らず成し遂げられるのは敗北主義の撒布だけとは、じつに従順な家畜の生態だと言わねばなりません。そこまで安全に敗北しつづけたいのであれば、「普通の日本人」の皆様におかれましては、どうぞお好きなだけ「経済的」に搾取され、「人権」を蹂躙されていただきたいと思います。

 そしてもちろん、私は勝つ気しかありません。 Parvāne の活動において最も誇りにしているのは、スネアの一打にしろオルガンの一声にしろ、何かを膠着させるため・安全に保存するための音は一度も打たなかったということです。作品を江湖に問うたことがある人なら誰でも知っていることですが、いかに世が移り変わっても、自らが作ったものの内容はびくともしません。 Parvāne の音源が現状以下の無風になろうが・BTS並の再生数になろうが、自由民主党が居座り続けようが・日本共産党が勝利しようが、私が作った楽曲の律動や和声の構造は一切揺らぎません。もちろんこれは藝術と政治は無関係などという美学的な防衛の態度ではありません。逆です。「政治」や「経済」(もちろん古代ギリシアのポリスやビザンティン神学者が案出した意味での政治や経済とはなんの関係もない)などといった粗悪品にかかずらって勝手に落ち込んだり諦めたりしている輩どもが自滅したあとで、不可避的に藝術(そもそも政治や経済を包含する上位カテゴリ)作品とそれを生み出した人々の真贋が問われざるを得ない、と謂っているのです。そのようにして到来する審美の日において、私は勝つことしかできません。その勝算はどこにあるのか? については、既に先月アップロードしたコメンタリー動画の中で示してあります。「半分だけズラすこと」。これを政治哲学的に直喩してどのような意味を成すか、もはや説明の必要は無いでしょう。

 それでは、蛾の2周忌にてまたお会いしましょう。2ndアルバムの制作は(少なくとも個人の範疇においては)莫大な予算をかけますので、おそらく3周忌の頃に7割程度出来上がっていたなら順調と言えるでしょう。
 半分の勝利と・もう半分の勝利よりも遥かに厄介な何かが、皆様の藝術への応報として訪れますように。そして皆様が、自身に下された天命を前にしてひとときも怯むことがありませんように。

西暦2022年6月5日
試金




Parvāne 現時点での成果物

音源:
・1st album
https://integralverse93.wixsite.com/p1st

・a young person's guide to Parvāne
https://integralverse93.wixsite.com/aypg2p

動画およびテキスト:
・作品中の進行(縮約版)

https://youtu.be/-jL9kT6z8dM
・2021年宇宙の旅(雨天中止)
http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-208.html


・『永遠の灯』(アイカツ!)と『HEAVEN'S RAVE』(Tokyo 7th シスターズ)とハーモニックマイナーとフリジアンドミナントと異化の話
http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-209.html

・元気な三十路の音楽=ルナ・ポップス(縮約版)
http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-211.html


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