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【公開】監訳者あとがき

『INSPIRED 熱狂させる製品を生み出すプロダクトマネジメント』に掲載した「監訳者あとがき」を公開します。
監訳者の一人である佐藤真治氏は、まだ日本でプロダクトマネジャーの認知が低い中、INSPIREDの第1版(2008!)の翻訳版を電子書籍で独自出版しました。またもう一人の監訳者である関満徳氏は、プロダクトマネージャーカンファレンスの実行委員として、その認知拡大に努めています。今回の第2版の発行にあたり、PMの経緯を解説いただき、両氏の思いや考えやまとめていただいたのが、このあとがきになります。ぜひご一読ください。
【目次】
・シリコンバレーにおけるプロダクトマネジメントの歴史
・日本のプロダクトマネジメント
・Inspiredのすすめ
・デジタル・エボリューションを乗り越えて

シリコンバレーにおけるプロダクトマネジメントの歴史

 シリコンバレーにおけるプロダクトマネジメントの源流を探ると、Hewlett-Packard(以降HP)にたどり着きます。HPは、1938年の創業後、40年間にわたって、年20%を超える成長率を維持した、シリコンバレーの老舗です。創業者のヒュレット氏とパッカード氏は、会社の運営に関して、明確な考え方を持っていました。その考え方は「HP Way」と呼ばれ、HP社員の行動指針でしたが、その後、シリコンバレーにおけるマネジメントの基本として認知されるようになりました。特徴的だったのは、製品ごとに担当のグループを設け、そのグループにその製品に関する開発、製造、販売を含む、すべてのプロセスの責任を持たせたことです。そして、一つのグループが500人を超えると、強制的に分割することによって、製品のマネジメントができるようになっていました。

 この地域がシリコンバレー呼ばれるようになるのは、70年代に入ってからです。シリコンを使った半導体が実用化されると、トランジスターの進化、集積回路の普及、そして、マイクロプロセッサの開発と急激な産業化が進みました。それがパーソナルコンピュータという一大ビジネスにつながるのです。80年台以降のシリコンバレーでは、品質の高い製品、サービスを出荷することは重要でしたが、企業は顧客に訴求することが、ビジネスにとって最も重要であることに気がつき始めます。特に、ソフトウェア、インターネットサービスに価値創造の中心が移行するにつれ、製品やサービスの内容は成熟度を増し、その結果、顧客中心の製品開発の重要性が叫ばれるようになったのです。企業はマーケティングやブランディング部門を強化し、その活動で得られた顧客のニーズを製品に注入すべく、プロダクトマネジメントという手法が大きな注目を浴びるようになりました。

 Intelは「Intel Inside」(日本では「インテル入ってる」)というタグラインでハイテク業界にブランディングの重要性を知らしめ、GoogleはOKRなど、プロダクトマネジャーを中心とした製品開発の手法を磨きました。社長であるスティーブ・ジョブズ自らがプロダクトマネジャーとして活躍したAppleは、モバイルコンピューティング市場を大きくリードします。今や、シリコンバレーで製品、サービスを提供しようとする企業にプロダクトマネジャーがいないということは考えられません。

日本のプロダクトマネジメント

 さて、Inspired日本語版の第一版は、2012年に出版されましたが、それ以前の日本のIT業界でプロダクトマネジメントの必要性が大きく取り上げられることはなかったように思います。それをよく知っていたのは、米国系IT企業で開発に関わっている方々に限られていたのでしょう。一方、2000年台の初頭に米国のIT業界で急速に普及したアジャイル開発については、日本でもエンジニアを中心に徐々に導入されるようになっていました。製品の開発に関して、何らかの解決策を必要とし、模索していた時期なのかもしれません。

 アジャイル開発を行うためには、製品についての判断を頻繁に下す必要があります。それも一つの要因かもしれませんが、日本のIT業界がプロダクトマネジメントの必要性を大きく認識した理由は、スマートフォンの普及によるモバイル市場の拡大だと考えます。モバイルアプリというのは、その使用環境の特性から、特化した目的のために開発される必要があります。なぜなら、ユーザーがアプリを起動するとき、ほとんどのユーザーは何をしたいかがはっきりと決まっているからです。そのようなアプリは、ユーザーがやりたいことを最小限の努力で達成できるように、正確に設計されている必要があります。そうでなければ、ユーザーは途中で諦めてしまい、そのアプリを使わなくなってしまうのです。以前のように、機能をたくさん詰め込むようなことは、絶対にしてはいけないことです。そこで、製品の開発を管理するためのプロダクトマネジメントの必要性が高まったという訳です。

 日本のIT業界で、どのように製品を開発すべきかということがきちんと議論されるようになったことは、本当に素晴らしいことです。優秀なエンジニアがいるにも関わらず、日本の製品、サービスの品質が高まらなかったことが、長年、製品の企画、開発に関わってきた我々がInspiredを翻訳する大きな動機です。現状ではまだ、プロダクトマネジメントに関してはキャッチアップする段階にありますが、このような努力を続ければ、早晩、シリコンバレーに追いつくことができるはずです。

Inspiredのすすめ

 米国内では、プロダクトマネジメントに関する書籍は数多く出版されてきました。ほとんどのものはプロダクトマネジメントの原則について、異なる切り口で議論をしています。特定の業種に特化したものもあれば、非常に一般的に定義しているものもあります。それぞれ、特定の読者にとっては意義のあるものであることでしょう。その中で、『Inspired』はハイテク業界に特化し、実際に使われている手法について具体的に解説しているという点で、ユニークな存在です。一度読み終わった後も、本書はすぐに手に取ることができる場所に置くことをお勧めします。

 例えば、製品ビジョンというのは、一度作ったら、そのままで良いというものではありません。一定の期間や開発のサイクルごとに、市場からのフィードバックを元に見直し、調整を行うことが普通です。その際にはプロダクトマネージャーを中心として、ブレインストーミングを行うことが多いのですが、Chapter 25 にリストされている製品ビジョンの原則を見えるときに貼っておくのと有効です。参加者全員がそれを意識し、それに沿って議論することで、陥りやすい問題を避け、議論を早めに収束させ、以前からの変更点を明確になるからです。

デジタル・エボリューションを乗り越えて

 本書によるプロダクトマネジメントはハイテク、特にIT業界に焦点を当てたものではありますが、その考え方、手法の多くは、他の産業においても適用することが可能です。現在、日本の産業はデジタル・エボリューションの荒波の中で、大きな変革を迫られています。生き残るためには、デジタル技術を最大限生かせるように、ビジネス全体をゼロから再構築する必要があります。単に、今までの枠組みの中に、技術を埋め込むだけではうまくいかないことは明白です。

 もし、あなたがIT業界の人なら、デジタルの力をてこにして、改革の先頭を切ってほしいと思います。おそらく、経営陣とたくさんの議論をすることが必要でしょう。しかし、うまくいかなかったとしても、その努力をするだけの価値はあると思います。そして、ビジネスを再構築する機会に恵まれたら、その時にこそ、プロダクトマネジメントの種を撒きましょう。時間はかかるかもしれませんが、きっと美しい花を見ることができるでしょう。

 デジタル化を軸とした改革は、会社を成長させるためのベストな方法の一つです。それを成功させるためには、ITの専門家でありながら、ビジネスの経験がある人が責任者となって、ビジネス改革を推し進めなければなりません。会社が提供する製品やサービスをデジタル化の文脈の中で再考するとき、プロダクトマネジメントの原則が大きく役立つはずです。

 最後に、プロダクトマネジメントを実践する際に、忘れないようにしていただきたいことをいくつか述べておきます。

 プロダクトマネジメントの原則は普遍的なものです。技術が変わり、市場が変わったとしても、それらの原則には大きな影響はありません。本書が解説している原則を深く理解しておくことを強く勧めます。また、本書に書かれているようなプロダクトマネジメントのテクニックを学んで、それを実践していくことは素晴らしいことです。その経験を通して、さらに進んだ製品を開発できるようになるでしょう。しかし、それらのテクニックにこだわりすぎてはいけません。シリコンバレーの企業はそれぞれ、自社独自のプロダクトマネジメントのテクニックを持っています。そして、常に新しいやり方を模索しています。おそらく、近いうちに新しい手法が大きく注目されるでしょう。自分のチームにとって、さらに良い方法を模索することは大切なことです。

 プロダクトマネジメントを実践するために、プロダクトマネジャーは必要な役割です。しかし、プロダクトマネジャーだけで製品、サービスを作り出すことはできません。デザイナーやエンジニア、そして経営陣をはじめとして、社内の多くの人々の協力を得る必要があります。そのためには、あなたのチーム、そして組織全体にプロダクトマネジメントの考え方を知らせることが重要です。ぜひ本書を「共通の言語」として、プロダクトマネジメントの理解を深め、チームの活動を展開してください。メンバーで共通の認識をもって取り組むことは、製品やサービスの開発を成功させるためにも非常に有効です。

 製品やサービスは、顧客がいてこそ成り立ちます。プロダクトマネジメントには客観的な顧客の分析が必要なことから、Martyは顧客、もしくは見込み客と頻繁に話すことを強く勧めています。本当の顧客と話をすることは、情報を得るという目的を達成するだけでなく、自分たちの思い込みを防ぐという意味があります。顧客の話を頻繁に聞いていれば、自分の主観や思い込みが入り込む隙間を埋めることができるからです。しかし、これを実践するのは意外に難しいことでしょう。そこで、それが強制的に起こるような仕組みや決まりごとを自社に導入することが望まれます。

 本書がみなさんの製品やサービスの開発に何か新しい風を吹き込むことを祈って。

2019年10月
佐藤 真治
関 満徳




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