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第1回「なんばまでチャリで行って帰ってを40回繰り返したら元が取れる」

新しく自転車を買った。
これは人生の中でそれなりに大きな決断をした買い物だった。

何年も使っていた自転車がパンクしたので、近所の自転車屋さんへ持って行くと「そろそろ寿命ですね」と店主に告げられた。
続けて「買い替えるかこのまま乗り潰すかっすね」と言われ、突然現れた自転車の命の二択をすぐに処理できず「そうですか」と空返事をし、持ち込んだ白いママチャリの油汚れに目をやった。

多分きっと、自転車屋さんは毎日いろんな自転車を修理して処分してきているから、寿命が近い自転車を目の前にしても冷静でいられる。
病院のお医者さんと同じだ。
自分は今ちょうど『ドクターX ~外科医・大門未知子~』をシーズン1から見ているが、店主が大門未知子でないのは明らかだった。
話の最後に米倉涼子は踊らないしSuperflyも登場しない。

確かにこのママチャリ、ちゃんと手入れはできていないし、雨風によって錆び付いた部分は増えていくし、転倒した影響でどこかのパーツが曲がったか何かしてペダルを回すと後輪からきこきこと音が鳴る。
「寿命っすね」という言葉の裏側に「お前ちゃんと定期的にメンテナンスしてねーからこうなるんだろうがよ」という声が聞こえる。ヤメテ。
とにかく、この自転車屋さんで買った自転車なのだから、店主が寿命だと言うならそうなのだろう。
新しい自転車買わないといけないかな〜と考えながら、その日は修理された自転車をきこきこ鳴らせて帰宅した。

今まで乗ってきた自転車は全てママチャリだった。
あの頃の学生といえば、カマキリハンドルにハワイアンレイを巻き付けて色とりどりにデコったり、荷台を「ケツ上げ」してディズニーやサンリオといったかわいらしいキャラクターが描かれたクッションを巻き付けて、いつでも2人乗りができるようプチ改造したママチャリを使っていた。それが全体の6割くらい。
ママチャリであることがイケていた時代であった。

その価値観で生きてきたもんで、大人になってからも自転車を買うときは迷うことなくママチャリを選んだ。
大げさに聞こえるかもしれないが、人間というものはみんな中学時代と20歳前後に流行したものを愛用して生きていく。
浜崎あゆみの曲を歌える人は一生つり眉だし、スパイスシリーズのアリミノワックスで髪をフルーティーな香りにする人たちはずっと腰パンだし、頑張って稼いだバイト代で少し背伸びして買う腕時計はズッカのチューイングガムだし、ママチャリの色は絶対にあずき色なのだ。

あれから数ヶ月が経ち、また自転車がパンクした。
かかりつけである自転車屋さんへ白いママチャリを持ち込み、パンク修理を待つ間、店内の自転車を見て回る。
「カゴがある自転車とカゴがない自転車」、自分の中での判別方法はそれだけ。どれも新品で照明の光を反射している。
ママチャリは中古品が数台、店頭に置かれていただけだった。
昔は中古でも6千円くらいで買えたけれど、今は1万円近くもするらしい。

うーん、もし買い替えるならどの自転車を買おう。
ここで生まれて初めてママチャリ以外の選択肢が挙がった。
「どうせ1万円出すなら」「これくらいの予算で買うなら」と頭の中をいろんな自転車がぐるぐる走って回る。

「何か気になるもの、ありますか」

パンク修理を終えた店員さんが声をかけてきた。
前回対応をしてくれた店主の姿は見えない。
正直、服屋でも雑貨屋でもどんな店でも、店員さんに声をかけられるのはかなり苦手だ。心ゆくまで一人で悩ませてほしい。
しかし、この時ばかりは頭の中でぐるぐると爆走する自転車に脳みそを轢き潰されまくって意識が遠くに飛んでいたので助かった。
店内に置かれた自転車をざっくり説明してもらって、なんとなく気になっている「ママチャリ以外の自転車」がわかった。

店員さんにお礼をして、とりあえずまた見に来ますと伝えて、白いママチャリに乗って帰った。
その途中で気付いた。このママチャリ、何かがいつもと違う。
ブレーキをかけたときにキキーッ!と音が鳴らないし、がちゃがちゃと引っかかることなくリングロックへ鍵を差し込めるし、キックスタンドの動きがなめらかだった。
どうやらさっきの店員さんが簡単な整備をしてくれたようだ。

この日はなぜだか、店員さんのちょっとした心遣いが身に染みて、早朝から仕込んだおでんの大根ってやっぱりめっちゃ味染みてたよな〜とコンビニバイト時代を思い出しながらしみしみの体で銀行のATMへ直行し、下ろしたての現金と共にかかりつけの自転車屋へ舞い戻った。
「さっき見た自転車買いに来ました」ちょろい客であった。

新入りのクロスバイク。
ママチャリと同じ白い色。
君の名は、シャーリー。

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