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自分の心のド真ん中にある【核】についての志を新たに持つこと。
孤高(ここう)とは、個人の社会生活における1つの態度を表し、ある種の信念や美学に基づいて、集団に属さず他者と離れることで必要以上の苦労を1人で負うような人の中長期的な行動とその様態の全般を指す。
Googleが教えてくれた。
寂しさと、淋しさでは
全く意味が異なることを。
口癖のように使っていた【サミシイ】
私は孤独を感じて泣いた事はない。
でも静寂が好き、物憂げな自分に酔いたい時もある。
世間的に言われているパリピ?や、リア充?
(今はこの言葉さえ古いのか…?)
私とは地球2.5周分、かけ離れてる。
こんな私でも若い時はどうしようもなく
【寂しかった】
友達ではない、どうでも良い人達。
【友達風】に取り繕っていた事も山程ある。
相手が望む言葉を考え、探して
発して、頑張って仲間になろうとする。
なんと虚しくて、寂しい事なのか。
そこには本当の仲間がいなくて、
自分にとって、侘しい気持ちだけが在る。
侘しさとは【誰といても孤独】を感じる事。
涙は出なくとも、心が涙を流す事をさす。
年を重ねた現在、
色んな意味で手放す事を覚えた。
そして未だに自分にとって本当に必要なものの答えは見つからない。
これからの短い人生に於いて探し出せたら幸いだ。
いつでもどんな瞬間も自分だけは
孤独ではなく、孤高でありたいと思う。
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