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地方公務員が読んでおきたい書籍の紹介:藻谷ゆかり「山奥ビジネス-一流の田舎を創造する」新潮新書、2022年

 「地方創生」「デジタル田園国家都市構想」などと称して東京一極集中の是正のために大々的な政策を打っておきながら、現時点まで成果と言えるものが見えてきません。むしろ、新型コロナの影響もあって少子化はますます進む一方で、人の流れも一時的な変化はあったものの元に戻ってしまい、事態は悪化の一途をたどっているようです。

 成果をあげるためのポイントとして「仕事」が重要なのは言うまでもありませんが、一般的に「山奥」と呼ばれるところは仕事の場所として不利な条件にあります。しかしながら、本書に紹介されている多数の事例は、山奥でも、いやむしろ山奥だからこそ成り立つビジネスがある、ということを理解させてくれます。章ごとに北海道から九州まで7つの地域を取り上げ、ビジネスを進めている人の生い立ちや取り組み、ビジネスへの想いなどを紹介しています。

 山奥ビジネスのポイントとして、次の3点が指摘されています。①ハイバリュー・ローインパクト②SLOC(Small,Local,Open,Concerned)シナリオ③越境学習

 個人的には、特に③に着目しました。地方圏の人口減少の大きな要因が若年層の進学・就職に伴う大都市への移動(流出)にあるため、多くの地方ではそれを食い止めようとしている、極端に言えば若者に越境させないことを志向しているように感じるからです。しかし、それは越境学習の機会を奪うことになりかねません。越境学習は新しい環境に身を置いてさまざまな刺激を受けたり人的ネットワークを広げたりすることで、新たなビジネスチャンスにつながるものだと思います。越境学習は、むしろ地方創生に必要なことなのではないか、とさえ思えます。

 また、起業の視点が重要だということも感じました。地方圏の企業は規模が小さく、高齢の経営者や職員の中に若者が飛び込むのは、どうしても躊躇してしまいます。むしろ、自分で会社を立ち上げる方が「社長」としてやりたいことをすぐできるメリットがあります。大都市の企業は規模も大きく若い人も多いかもしれませんが、活躍して存在感を発揮するのは難しくなります。「その他大勢」に埋もれてしまいかねません。

 これに対して、山奥での起業は自分の力と判断で仕事ができる大きなメリットがあります。もちろん、そのためには資金やノウハウ、ネットワークが必要になりますが、それを越境学習で得ることができますし、地域ごとの特徴は差別化要素になるので、これもプラスに働くでしょう。さらに、地域内での循環にも貢献するので、小さくても漏れずに残るビジネスとして、地域にとっても貴重な存在になると思います。これから山奥ビジネスが飛躍的に拡大することを期待します。

 とはいえ、人口減少という大きな波は、こうした地域でも今なお乗り越えられていないようです。本書で紹介されている取り組みを読むと、人口減少がどこまで問題なのか、問題設定を見直す必要もあるのではないか、とも感じます。「人口が減っても地域が元気ならばそれで良い」という発想もどこかで必要になってくるように思います。それをどのような形で評価するかは議論しなければなりませんが、そうしたことを考えるきっかけとしても、本書は有益ではないかと思います。

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