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地方公務員が読んでおきたい書籍の紹介 田中周紀「実録 脱税の手口」文春新書、2021年

 本書は、タイトルの通り実際に起こった17の脱税事案を詳しく紹介したものである。当初は単純に、先週紹介した財務省の本に続いて国税庁という公務員の仕事がどんなものかを知るために読もうと思った。もちろん、それもできたのだが、その内容は脱税という犯罪のリアルな実態を描いた推理小説のように、展開にハラハラしながら読むことになった。
 紹介されている脱税の内容は、実に幅広い。チュートリアル徳井氏のように身近な著名人から、一般人には縁のない銀座ネオン街などでビルの賃貸事業を行った人まで、幅広いケースを取り扱っている。また、脱税の主体も個人から企業までバラエティに富んでおり、陰で脱税を指南する税理士や他人の財産を洗脳で搾取する占い師といった先導役まで登場する。実に多くの手口があることに今さらながら驚くばかりである。
 個々の事案を詳しく紹介することはできないが、全体を通して感じたことをいくつか述べたい。まず、当たり前のことだが「身勝手な脱税は許されない」ということだ。税の調査を担当していた元国税庁職員まで、内部事情に精通していることを活かして退職後に脱税の指南をしているとの人もいるという。「全体の奉仕者」であるべき公務員が、しかも国民に納税の義務を課す国税庁の職員が、どんな使命感を持って仕事をしていたのかと思うと、悲しい気持ちにしかならない。現役職員にとっても、仕事が増えるだけでなく信用を大きく傷つける許されざる行為である。
 次に、急に大金が懐に入ってきた人や企業ほど、脱税に手を染めやすいのではないかと感じた。普通の生活をしていた頃は収入もそれほど多くなく、納税額も少なかった。また、事業も始めたばかりの頃は成功を夢見ながら懸命に取り組んでいたであろう。そうした人々が巨額の財産を相続したり、幸運も重なって事業で大成功したりすると、急激に納税額が増えることになる。しかし、相続したものが減るのは心苦しいし、成功した事業が今後も順調とは限らない。そこで、法律の枠を超えてまで脱税に走ってしまうのではないか。人間の心理として、そうしたことは誰にでも起こりうるかもしれない、と感じた。

 次に、脱税と節税は紙一重なところがある、ということだ。もちろん脱税は違法で犯罪行為であるのに対して、節税は法律の範囲内で納税額を最小限に抑えることであるから、両者は大きく異なる。しかし、法律も決して万能ではない。分かりやすいものでも、海外のタックスヘイブンを使って納税を逃れたり、税制の特例を活用して弊害が生じたりすることもある。これは節税だが、心情的に推奨されるものではない。いずれ法改正される可能性もあるから、たまたま脱税になっていないというだけなのかもしれない。
 私自身、住宅を取得する際に「住宅取得控除」を使ってローン返済の負担を減らしている。これは持ち家を購入した人のほとんどが活用している、完全に合法的な制度である。しかし、過剰な住宅の建設は人口減少にともなっていずれは空き家の原因となりうるし、超低金利が続くなかで金利の支払額を超える税の優遇が行われている。住宅取得の促進は景気対策としては重要かもしれないが、後にもたらす影響や税負担の公平性を考えると、問題もある。節税策にも切り込んでいく必要があるだろう。
 最後に、やや不謹慎な言い方になるが、本書に紹介されている脱税の手口を読むと、犯罪行為への怒りを覚えると同時に、「よく考えているなぁ」と感心する面もある。なかにはあきれるほど無防備、無計画な脱税もあるが、ほとんどの場合は国税庁の調査も想定して脱税と認定されないよう、緻密な工夫を加えている。もちろん、国税庁は行政機構としての権限をフル活用するだけでなく、脱税する人を上回る知恵を駆使して、最終的に脱税の認定をしている。脱税を巡る攻防は、究極の知能戦と言えるかもしれない。単純にそうしたことに感心を覚えると同時に、せっかくのことならそれだけの知能をもっと生産的なことに使ってもらいたい、そういう社会になってほしいとも感じた。

 地方公務員にとって本書の意味はどこにあるのか。それは、納税者の気持ちを推し量ることで、「貴重な税金を大切に使う」という決意を改めて持つことであろう。地方公務員の場合は本書で取りあげられたような脱税の調査はほとんど行われることはない。したがって、公務員の仕事として本書の内容から直接何かを得ることはあまりないかもしれない。しかし、納税者がどのように税と向き合っているのかを知ることは、国だけでなく地方も重要である。むしろ、住民に身近なサービスを提供する地方公務員だからこそ納税者の顔をイメージし、声に耳を傾けることが大切だ。もちろん脱税は違法であるけれども、納税者の課税に対する認識がこのような行動を招いているとすれば、本書から学ぶこともたくさんあるのではないだろうか。地方公務員の仕事の根本の部分を改めて確認するためのきっかけとして、本書を読むことお勧めしたい。

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