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地方公務員が考えるべきこと 第5回 財務次官の文藝春秋論文問題について一言

 財務省の現役事務次官である矢野康治氏が文藝芸春秋11月号に寄稿した論文「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」がマスコミ等で思いのほか大きな注目を集めている。内容はタイトルの通りなのだが、2つの点で賛否両論が巻き起こっている。
 1つは、現役公務員が政府の方針に反するような論考を発表しても良いのかどうか、という点だ。否定的な意見が圧倒的に多い。政府でも、岸田首相は「いったん方向が決まったら関係者はしっかりと協力してもらわなければならない」と述べているし、政権を担う自民党でも高市政調会長は「大変失礼な言い方だ」と怒りをあらわにした。私も基本的には同じ立場であり、昨日、自分のホームページで見解を述べた

 もう1つは、「このままでは国家財政は破綻する」という懸念が妥当なのかどうか、という点だ。すでに世界最悪の借金大国となった日本。かなり以前から指摘されているが、今のところ財政破綻は起きていない。では、これからも大丈夫と言えるのか? 経済同友会の桜田代表幹事は「100%賛成」と述べる一方で、嘉悦大学の高橋教授は「財務省の事務方トップが「会計学に無知識である」ということを世界に晒した」と容赦ない。

 このように、矢野氏の論文は賛否両論を巻き起こしている。しかし、上記の整理からも分かるように、賛否のポイントは必ずしも共通していない。ということは、内容をよく吟味し、賛成できるところとできないところに切り分ける必要があるだろう。論文のすべてに〇✕のレッテルを張るのは雑であり、好ましくない。そこで、この論文を丁寧に読んでみた。もちろん、私自身がこの短い論考で世間での議論を1つ1つ吟味することは難しいので、逆に議論されていないことで気づいた点を挙げることにしたい。

 まず、この論文の前半(つまり、ほぼ半分)は、国家財政のことではなく、公務員がモノ申すことへの強い葛藤に費やされている。特に、「いったん方向が決まったら関係者はしっかりと協力してもらわなければならない」という岸田首相のコメントについては、すでに本文にも「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」ということは「役人として当然のこと」と述べている。つまり、財務次官の立場として、論文で政府の方針に反旗を翻したのではない。
 問題は、「どんなに叱られても言うべきことを言わねばならない」「バラマキの問題を財務省の職員が一番分かっているのに黙っていていいのか」という点にあると思われる。もちろん心の中で思うことは自由であるし、役人の思いを政治家に伝えることもあって良いと思う。後藤田正晴氏の5訓から「勇気をもって意見具申せよ」と、あえて尊敬される政治家の教えを引用したのも、こうした意見を政治家に受け止めてほしかったのではないだろうか。
 ただし、それが省庁の内部ではなく、国民に向けて、しかも総選挙前という大事なタイミングで発信することが良かったのか。事務次官の批判的な考えがマスコミの取材によって報道されることはあるとしても、当の本人がこれほど強烈なインパクトで述べるべきなのか。そして、掲載には財務大臣の了解を得ていたと報じられていたので、財務大臣も一定の理解を示していたと推測され、政権内部でも賛否両論があったとも考えられる。そうした政権内での食い違いに、財務次官が巻き込まれてしまうことにならないか。
 こうしたことを考えると、今回の論文掲載が本人にとって得策であったかどうか、疑問を禁じ得ない。もちろん、国民に対して自らの訴えが届いたのなら危険を冒して掲載した意味があったのかもしれない。しかし、これさえも、概して国民の反応も大半が「役人がここまで述べて良いのか」と否定的である。結果として、本人の見込みどおりになっていないのではないかと感じる。得したのは結局、論文を掲載し注目された文藝芸春秋だけなのかもしれない。

 次に感じたことは、高市政調会長の次のコメントからである。「失礼だ」「基礎的な財政収支にこだわって、今本当に困っている方々を助けない。未来を担う子供たちに投資しない。こんなバカげた話はない」。大きく報道されたのでご存じの方も多いと思う。前者のコメントは感情的なものに思えるので、後者に着目したい。論文を読んでみると、「国民は本当にバラマキを求めているのでしょうか。日本人は決してそんなに愚かではない」「いま日本国内で真に強く求められているのは、バラマキではなく、いざという時の病床確保、速やかなワクチン接種、早期の治療薬の提供…」と述べている。つまり、「国民が困っていることは何か」の認識が両者で食い違っていることになる。国民の真意を問うのが選挙だから、これは政治家の領域そのものである。今度の総選挙で大きな論点となるだろうから、財務省の次官が述べることではない。ましてや省庁でも財務省はあくまで財源の手当てをするところであり、政策自体を所管しているわけではない。論文ではあれほど公務員が批判することへの躊躇を述べていたのに、こうした点は遠慮なく述べているから一貫性が欠けるのではないか。高市氏の「失礼だ」というコメントは感情的なものだと先に述べたが、実はそうではなく「政治家でないあなたが、ましてや他省庁が所管する政策にまで遠慮なく口出しをするのは政治家や他省庁に失礼ではないか」という意味だと気づいた。だとすれば、実に的を射たコメントなのである。

 ただし、「未来を担う子供たちに投資しない」というコメントについては、論文には子供への投資を書いた箇所が見当たらなかった。このコメントはどの部分を指しているのかは、読み取れなかった。

 他にも論点はいろいろあると思うが、まだまだ賛否両論の議論は巻き起こりそうだ。今後も議論の行方を見守りながら(意外に早く収束するのかもしれないが…)、また機会があれば私見を述べてみたい。

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