「意味のないこと」に不寛容な社会
おはようございます。ゐのせです。
私は週4くらいで筋トレをしています。もちろん会社から帰ってきた後もジムに行きます。
「頑張ってるね」とよく言われますが、自分としては頑張っているつもりはありません。やりたいことをやっているだけなので、大変だと思ったことはありません。また習慣になってしまっているのでやらないと気持ちが悪いのです。例えるなら歯を磨かずに寝落ちしてしまったときのような気分の悪さ。
「どうしてそんなに筋トレをするの?」「ボディビルダーを目指しているの?」とよく質問されます。正直そんなたいそうな理由はありません。単純に筋トレが好きだからやっているだけ。「そこに山があるから」というのと同じように「そこにジムがあるから」です。ポケモンを熱心にプレイする人に「どうしてそんなにポケモンをやるの?」「ポケモンマスターを目指しているの?」と質問する人がいるでしょうか?
現代はモノよりコトを重視する時代です。何でもかんでも意味を求めてしまう時代でもあります。意味にとらわれすぎて物事そのものを見失ってしまっている人もいるのではないでしょうか。意味を優先しすぎて余白がなくなっていないでしょうか。
やりたいから、好きだから、何となく。意味のないことにもっと寛容になってもいいのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それではまた明日。
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