音楽と凡人#08 "特別でなく、当然のように"

 皆最初はモテたくてギターを始めるんだよ、という決まり文句がかつて聞かれたがギターを始めた中学生の頃の私にそのような意識はなかった。かっこつけて言うわけではない。女性はとても好きだ。モテたい。しかしギターを弾くことがかっこいいことだとは思っていなかった。大人は大抵ギターが弾けるものだと母が言っていたこともあり、自転車に乗り始めたり、自動車に乗り始めたりするような感覚で弾き始めた。

 当時中学生の私の周りにはバンドをやっている人間は知っている限りいなかった。エレキギターを買う前の中一の頃に、ひとり口数の多い男が俺はギターが弾けるからバンドを一緒にやろう、と声をかけてきたことがあった。流されるままにひとまずベースとして加入しかけたが、家に帰ってその話を母にすると、あんたギターやりたいんちゃうの、と言われてそういえばそうだなと思い返して断った。どちらかというときらいなぐらいの男と、やるつもりのなかったベースとしてバンドに加入しようかと思うぐらい、地元にはバンドを始めるような環境がなかったのだろう。その男がギターを弾いているのは結局見たことがなかったが、誰か友達の家で集まって彼のVAN HALENのDVDを見たという記憶だけは残っている。

 しかし、唯一ギターを弾く友人が私の近くにいた。ユウマは小学校中学年の頃に転校してきて、中学校も同じであった。なんかかっこいい感じのやつがきたで、と私は得意げに母に話していた気がする。さっぱりとしてユーモアがあるタイプの男であった。ちょうど私がエレキギターを買ってもらう一週間ほど前に彼はギターを買ってもらっていた。買ってもらう日を待ち遠しく過ごしていた私はその一週間も羨ましかった。

 同じ時期にギターを始めた私たちはよく互いの家にギターを持って集まっていた。スタジオに入るわけでもなく何をしていたのか正確には思い出せない。当時は携帯もPCも持っていなかったので、楽譜や教本で覚えた新しいフレーズを見せ合ったり、少ないながらも情報交換をしていたりしたのかもしれない。一緒にバンドを組んで曲を作ろうという発想にならなかったのはただその発想がなかったからである。

 少し経って周りの友人もギターを始め出した時にユウマが弾き方を教えていると聞いて、俺の方がうまいし先に始めたのになと中学生の私は小さな心で思ったりしたこともあったが、大人になって彼の結婚式に参加した際、私宛のメッセージカードには、「いつも先を行っている、音楽の道を選んだのはリスペクトしている」と書かれていて、大きな男だと思った。話が前後してしまったが、とにかくそのように小さく狭い世界でひっそりと、しかし確かな音で私のギターは鳴り始めた。

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