音楽と凡人#10 "進路選択、本との出会い"

 私は国語という教科が嫌いだった。その理由は問題に対する解答が明確でなかったからである。進研ゼミで一人勉強していた自分にとって、解答が明確でないものは答え合わせがしづらかった。それに加え国語で取り上げられる退屈な小説、お婆ちゃんの家に行ってどうこう、夕暮れが情景描写でその時の気持ちを次の中から選べみたいな問題がめんどうだった。数学や理科の方が好きだった。

 地元の中学から普通に受験して入る高校には軽音楽部がなかった。今は違うと思うが、当時の京都の公立高校の受験はバス停方式と呼ばれるシステムで、入試の得点に関わらずボーダーラインを超えた人は一様に家から近い高校に割り当てられた。つまり、行きたい学校を選ぶことができないということである。住んでいる場所で行く高校が決まってしまうというなかなか残酷な制度だが、これから逃れるためには普通科Ⅰ類ではなく、Ⅱ類やⅢ類などの進学コースを選ばなければならない。私は家から少し離れた高校の普通科Ⅱ類を受験することにした。そこには軽音楽部があった。

普通科Ⅱ類には理系と文系があり、中三の進路相談のアンケートは理系の希望で提出していた。理系の方が少しだけ倍率が高いと言われたが、それを聞き流すくらいに私は理系の科目の方が好きだった。

 そしてそのつもりのまま時が過ぎていたが、願書を書き始める少し前くらいのタイミングで1冊の本を購入した。好きだったミュージシャンが影響を受けた作家として村上春樹をあげていたので、「ねじまき鳥クロニクル」を買った。自分で小説を買ったのはそれが最初である。

 私は衝撃を受けた。中学三年のほとんど小説を読んだことのない私にとって、まるで意味がわからなかった。わからないということが嬉しかった。文学とはこうも自由だったのかと思った。音楽を聴いている時のような、自分の頭の中だけに流れる音とも光ともつかぬ景色を見る感覚を文字でも感じ得ることができるのだと思った。私は進路希望を理系から文系に変えた。希望の高校には無事合格し、小学校中学校とほとんど同じ友達と過ごした地元を少し離れ、ひとり軽音楽部のある高校へと進学した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?