禁断の遊戯:倉橋由美子著『夢の浮橋』を読んで

 私は倉橋由美子氏の作品をこよなく愛しており、折に触れて氏の作品を読み返す日々を送っています。

 コロナ禍で休みの日も家にいることが多く、氏の作品を読む機会にも恵まれているこの頃、ただ読んだだけで終わらせるのは勿体ないと思い、備忘録も兼ねてこうして所感を書き留めておくこととしました。

 あくまで所感ということですから、作品についてあれこれ批評をするつもりはありません。そもそも敬愛する氏の作品を批評するという行為自体、私にとっては出過ぎた真似ですからしようという気すら起こりません。
 また、こうして人の目に触れる形で文章をしたためる以上、物語の核心にまつわるspoilers――いわゆるネタバレはなしにしたいと思います。具体的には、あらすじや物語の大まかな方向性については必要な範囲で述べますが、結末についての情報は差し控えるつもりです。

 おそらくは作中で気になった部分について語ることになりますので、読んで興味がわいてきたという方は実際に小説を手に取っていただきたいと思います。

 そして最後にひとつだけ。何度も申し上げているとおりこれは所感であり、物語について画期的な解釈を行うつもりは毛頭ありません。したがって、見当違いなことが書いてあっても、すでに誰もが気づいているような当たり前のことが書いてあっても、みなさまの心のなかでそっと私を見下していただきますようお願いいたします。

 さて、前置きが長くなってしまい恐縮ですが、そろそろ本題に入りたいと思います。
 今回取り上げるのはタイトルにもあります『夢の浮橋』という作品です。

 物語のあらすじを簡潔に述べるならば、一組の若い男女と彼らの両親の恋愛奇譚ということになるでしょうか。

 主人公の桂子は英文学を専攻する大学生で、耕一という青年と愛し合っているのですが、二人は旅行中、偶然にも彼女たちの両親があべこべの組み合わせでいるところを目撃。
 それをきっかけに、桂子は二組の両親が長年にわたりswappingすなわち夫婦交換遊戯を行ってきたこと、そして彼女と耕一が血の繋がった兄妹である可能性があることに気づいてしまいます。

 物語の本筋としては「両親四人の夫婦交換遊戯」と「桂子と耕一の恋愛」の二つがどのように展開し、どのようにかかわりあい、いかなる結末を迎えるかということなのでしょう。あくまで桂子と耕一が兄妹の"可能性"があるというのが重要なポイントで、真相がなかなか明らかにならないままストーリーが進んでゆくところに快いもどかしさがあります。
 実際、この手の「愛し合った二人が本当は血の繋がったきょうだいだった」という話は古くから用いられてきたネタであると思います。近親相姦、つまりincest tabooというテーマには古来から人々を惹きつけて止まない妖しい魅力があるのかもしれません。

『夢の浮橋』においても近親相姦という概念は夫婦交換遊戯とあわせて妖しく淫靡に、そして微かな悲劇の影を伴って読者の前にあらわれるのですが、個人的にはこれらの禁忌と遊戯がいつも神々のイメージと結びつきます。

 少し話が逸れますが、同じ倉橋由美子氏の作品に『聖少女』というものがあります。

 これは事故によって記憶喪失になった少女未紀の日記を軸に展開していく物語で、その日記のなかでは未紀と「パパ」と呼ばれる男性との、やはり近親相姦的な交流が夢見がちな文体で書かれています。

 近親相姦と聞くと禁忌という言葉と結びつけたくなります。しかしそれは人間の世界での話で、世界各地の神話に目を向ければ、近親相姦めいたことを割と堂々と行っている神々がいることに驚かされます。
 ではそんな神々を不道徳だとするべきかというとそういうわけではなくて、これは要するに人間の世界と神々の世界とではルールが根本的に異なるからこそ生じる価値観の相違だと思うのです。
 人間の立場からすればモラルに反すると思われることも、神々の立場からすれば法律的にも常識的にも問題ないということはままあるのではないでしょうか。神々の世界に法律があるのかどうかはこの際さておくことにしますが。

『聖少女』は、未紀が近親相姦を実践することで、自らを神化しようとする物語であると私は感じました。そして『夢の浮橋』もまた、親の倫理的な負債を抱えた子の悲劇というよりも、桂子が神に至る選択をするのかどうかという物語のように思えてくるのです。

 そうした考えを頭の片隅に置いて本作を読んでみると、また違った発見がありますし、源氏物語から採っている『夢の浮橋』というタイトルにもいろんな意味を見出せます。

 それから本記事のタイトルに禁断の遊戯とありますが、これも桂子たちからすれば、「(あなたたちの世界では)禁断の遊戯」ということになるのかもしれませんね。

 ちなみにこの桂子を主人公とした作品はほかにもいくつかありますので、機会があればほかの作品についてもお話ししたいと思います。

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