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『守りのESGとエンタープライズ・リスクマネジメント』(環境研究)

 ESG投資に取り組む企業は、大きく2つのタイプに分かれる。それをベースにESG投資に対する私なりの考え方をまとめておく。

1)ESG推進部門をCMOの配下に置く企業(Chief Marketing Officer)
2)ESG推進部門をCROの配下に置く企業(Chief Risk Officer)

 意識しているかどうかは別にして、1)のタイプの企業はESG投資を「攻めのESG」として捉え、2)のタイプの企業は「守りのESG」と捉えている。具体的にまとめると、以下になる。

1)攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること
2)守りのESG=ERM活動や非財務情報を開示・エンゲージメントすること

 ここでは「守りのESG」についてまとめてみる。
 CROの配下にESG推進部門(サステナビリティー部門)を置く企業は、ESGの推進活動をERM(エンタープライズ・リスクマネジメント)と捉えている。

豊田合成のサイト

 豊田合成のESGサイトが「E」「S」「G」をシンプルに分かりやすく一覧になっていたので、これを参考にそれぞれの違いを考えてみよう。

 「攻めのESGとマーケティング」でまとめたように「E」はマーケティングに直結する活動につながるケースがある。 
 しかし、「S」のグローバル人材やダイバーシティーの推進、安全で働きやすい職場づくり、製品の品質の向上、地域社会との共生、あるいは「G」のコーポレートガバナンスの向上、コンプライアンスの順守は、マーケティング(=顧客のマスクドニード(Hidden Needs)を満たす価値を創造し、その価値を伝達、配達、交換するための総合的な活動、およびプロセス)ではなく、内部的(サプライチェーンを含む)な守りを固める活動を指す。

 そして、ESGの「S」と「G」は売上、EBITDAなどの財務情報でなく、非財務情報としてまとめるのが一般的だ。
 「攻めのESGとマーケティング」で紹介したEP&Lは、従来非財務情報であった自然資本を自然資本会計(財務情報)とする試み、と位置付けられる。

 ESGの「S」と「G」を非財務情報として公開する手段は、統合報告書と呼ばれるもので、ほとんどの大企業、あるいは大学などが、財務情報と非財務情報をマティリアリティー(重要課題)を基軸にストーリーで結びつけ、冊子(PDF)としてダウンロードできるようにしている。

 しかし、統合報告書を発行するのは年に1回バッチ的に作成され、財務情報を反映した株価のようにリアルタイムに株価ボードで表示される訳ではない。

株価ボード

 ESGは統合報告書の情報をベースに各評価機関(DJSI、FTSE、MSCI、CDPなど)でアナリストにより評価、スコアリングされ、そのスコアを参考にESG投資家が投資を行う。

 したがって、企業のIR室、ESG推進部(サステナビリティー部門)は、評価機関や投資家とのエンゲージメントを大切にし、フィードバックの分析による課題抽出・ 優先順位付けなどを行っている。

 しかし、統合報告書のような静的コンテンツだけでなく、現在はWebサイトを有効活用し、リアルタイムに情報を発信することが容易だ。そして、発信したコンテンツそのものを評価する機関も以下のように存在するので、評価、フィードバックを得やすい状況にある。

Gomez IRサイトランキング
大和IR インターネットIR表彰
日興アイ・アール ホームページ充実度ランキング

 そんなとき、ESGスコアリングの業界に大きなイノベーションが起こった。それはAIを活用し、従来アナリストが評価していたESGスコアを集約、あるいは分散するその企業のニュース情報を収集し、評価するアラベスク社のESGブック(旧S-Ray)という仕組みだ。

 アラベスクは具体的な情報源を公開していないが、それは大きく2つに分けられるという。1つは複数のESG評価機関が提供する200以上のESG指標である。これらの指標を統合することで基本となる評価がなされる。しかしESG評価機関のデータは更新の速度が遅く、最新の状況を必ずしも迅速に反映しない。そこでもう1つの情報源である50,000件以上のニュース等をコンピューターが日々検索し、その都度評価を修正しているのである。

 これまでのESG評価の弱みの1つは、その更新頻度にあった。生身の人間が膨大なデータを集めて行う評価は、それほど頻繁に更新できるものではなかった。CSR報告書や統合報告書の公表は1年に1回が普通なのでそれでもよいが、その他にもESGに関連するさまざまな研究開発や新製品・サービスなどの情報が頻繁にプレスリリースされる。また、ESGに関わる不祥事や、NGO・地域住民等との紛争も突発的に生じる。そういった情報をその都度評価に反映することは、従来のESG評価では難しかった。AIを利用することで、それらを適時に評価に反映できるようになったことは、1つの進歩であろう。 

【水口教授のヨーロッパ通信】AIとESG評価

 このことが将来何をもたらすのかを考察する上で、前述の株価ボードの進化の歴史をめぐってみる。

 株価情報表示も最初から現在のようなインターネットなどを活用したリアルタイムなものではなく、年に1度、あるいは四半期に1度の財務情報を頼りに、会社四季報や新聞誌上などで更新されていた時代がついこの前まであった。

 したがって、ESG情報がESGブック(旧S-Ray)などの仕組みでリアルタイムに更新されるようになると、株価ボードのようにESGスコアがリアルタイムに更新され、リアルタイムに可視化される時代になることは容易に想像できる。

 企業はESGスコアを意識し、非財務情報のリアルタイムな開示ができるWebサイトの仕組み(AIが検索し、読み込みしやすい)が非常に重要になる。
 PDFで冊子として統合報告書を作成することももちろん大切だが、ESGサイトを企業のグローバルWebサイトにビルトインすることは、それより遥かに重要なことだ。
(「Gomez IRサイトランキング」「大和IR インターネットIR表彰」「日興アイ・アール ホームページ充実度ランキング」などのIRサイトの評価機関は、日本の日本語のWebサイトを評価対象にしているだけなので、世界のESG投資家にリーチするための物差しにはなり得ない)

”ドメステックなESGサイトからグローバルなESGサイトへ”

 「守りのESG」のエンゲージメント対象はグローバルでなければならないのだ。
(したがって、今後の開示基準はSASBスタンダードが重要になる)

 ここまで「守りのESG=非財務情報を開示・エンゲージメントすること」までは解説してきたが、リアルタイムに情報を開示する以上に、ESGスコアをアップできる活動が日常行われていることが重要だということを忘れてはいけない。

      * * * *

 新型コロナの出現以来、ESGの「S」が大きく注目されている。

 今後はS(社会)、特に従業員の健康と安全の確保、雇用の維持等に対する企業としての対応が関心を集めるであろう。機関投資家がESG投資を行う理由の1つとして「ユニバーサルオーナー」という考え方がある。これは、巨額の資産を運用する機関投資家は、市場全体に幅広く分散投資する必要があり、実質的に経済全体に投資していることになるという考え方である。ユニバーサルオーナーにとっては、個々の投資先企業の業績よりも、経済全体の方が重要であり、企業が従業員の健康と安全の確保や雇用の維持を行わないことでコストを削減し、短期的な業績を良くしたとしても、それにより経済全体が低迷しては意味がないことになる。コロナ禍は、シェアホルダー資本主義からステークホルダー資本主義に移行する大きなきっかけになるのかもしれない。 コロナ禍によりESG投資のトレンドは変化するのか?

 前述の豊田合成のサイトにおける「S」(グローバル人材やダイバーシティーの推進、安全で働きやすい職場づくり、製品の品質の向上、地域社会との共生)を、さらに10項目にまとめたガイドラインが国際ワーカーズキャピタル委員会(the Global Unions Committee on Workers' Capital: CWC)により発表された。

 CWCの新たな「労働者の人権と労働基準の評価ガイドライン(PDF)」は、以下になる。

[10の項目]
1)組織構成(Workforce composition)
2)社会対話(Social Dialogue)
3)労働力(Workforce participation)
4)サプライチェーン(Supply chain)
5)労働安全衛生(Occupational Health and Safety)
6)給与水準(Pay Levels)
7)苦情処理メカニズム(Grievance Mechanisms)
8)人材開発(Training and Development
9)ダイバーシティ(Workplace diversity)
10)年金掛金(Pension fund contributions for employees)

COSO-ERMフレームワーク

 さらに、ESGの「S」や「G」、あるいは「E」をESG投資家に向けたエンゲージメント活動として捉えるのではなく、全社的リスクマネジメント活動(ERM)として捉える企業も出現してきた。

全社的リスクマネジメントー全社的リスクマネジメントの環境・社会・ガバナンス関連リスクへの適用』(PDF1,506KB)

 ESG関連リスクを特定し、COSO-ERM2017フレームワークに従って、全体最適・継続的改善に力点をおいた組織全体におけるリスクマネジメント(ERM)が仕組みとして定着すれば、堅牢な「守りのESG」となる。

 ここではESGの「G」についてはあまり触れていない。
 コーポレートガバナンスとしての取締役会のあり方、CEOを選ぶ取締役会のあり方など、中西宏明、冨山和彦『社長の条件』(文藝春秋)によると、日本企業にはたくさんの課題がありそうだ。

 最後に、開高健がBS NHKのカナダ釣行で語っていた以下を掲載し、「守りのESGとERM」を終わりたい。

 私が、あっちゃこっちゃ釣り歩いて、魚釣りをした経験でいくと、魚釣りはプリミティブ(primitive)の度合いを探求する一番のいい方法のようなもんなんですがね。アマゾンとかあぁいうんは後退する一途!
 アラスカとかカナダとか住民が発達していて、民度が「魚を保護する」「大事にする」「自然を守る」という精神のある、自然の豊かな先進国ほど、プリミティブな自然が残されている。
 それはプリミティブとは言えない、人間が捕らないとか、放してやるとか、保護するとか、ふ化場を設けるとか色々努力したあげくの、それですから。

 いわゆる第1次プリミティブと言うよりは第2次プリミティブみたいなもんだけれどもインドネシアとかタイランドとかアマゾン、これらの国では第1次プリミティブが滅びたとたんにダメになってしまう。第2次植林しているまもなく、日光に焼けて木がただれてしまう。だからこの人が嘆くみたいにもうアマゾンがアカンという事になってくる。
 一種の倒錯現象ですわ。文明国であるほど自然があるということは!

開高健

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。