掌編小説『星を集めて』
その日は家族で海に来ていた。
「ねぇパパ、ママ、見て! お星さま落ちてた!」
4歳になる娘が興奮した様子で声を上げる。
その手に握られていたのは、丸くて半透明なライトブルー。
――――シーグラスだ。
「ははっ、お星さまか! ほんとだなぁ!」
「持って帰ってもいい?」
「ああ、いいぞ。だけどちゃんと洗ってからな」
娘の表情が、ぱぁっと晴れ渡る。嬉しそうにシーグラスを太陽にかざした。
水面のような澄んだ青色が、娘の顔にゆらゆらと揺れる。
「私も昔、お星さまって言って集めたなぁ」
妻が隣で、遠い目をして微笑む。
「――――帰ったら、お星さまでネックレス作ろっか!」
「つくる! ぜったいつくる!!」
いっそう目を輝かせて、娘がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「じゃあもっと見つける! ……あっ、あそこにもあった! ……あっちにも!」
娘が夢中で駆け出していく。
危ないから走るなよ、と声をかけながら、妻と私は娘を追いかけた。
「こんなにいっぱい……! 海なのに、お空みたい!」
はにかんだ娘の細い髪が、囁くような潮風に揺れて顔にかかる。
そのあどけない笑顔に、妻と顔を見合わせて笑った。
***
「すっかり寝ちゃったわね」
「……ああ」
帰る途中、車のバックミラーに映るのは、後部座席で熟睡する娘。
「ずっとはしゃいでたから、疲れたんだろう」
すぐに前方に目を戻すと、脇に道の駅の看板が見える。
「ちょっと寄っていくか」
「ええ、そうね」
駐車場に車を停めると、微睡む娘を抱きかかえ、空調の効いた建物に入る。
お土産の菓子が並ぶコーナーを眺めていていると、娘は僅かに目を開けた。
「お、起きた」
後でトイレ行っとこうな。
そう言いかけたとき、突然娘が下の方を指さして言った。
「…………お星さま」
「え?」
娘の指が向く先を辿る。
そこには、透明なカップに入れられた、透き通るような寒天のお菓子。
「――――琥珀糖、か」
宝石を砕いたような、色とりどりの星を拾い集めたような。
すると娘が、小さな手でずっと握りしめていたシーグラスを見ながら、寝言のように呟いた。
「お星さま、いっぱい集める……」
……そのまま娘は、再び夢のなかへ出かけていった。
シーグラスに、琥珀糖――時に人々は、それを星の欠片と呼ぶ。
海に、宙に、そして暮らしに、輝く星々への憧れを見つめて。
憧れを追いかける純情さを、この子がこれからも持ち続けてくれたら。
私は琥珀糖のカップをひとつ手に取り、妻のもとへと歩いていった。
<了>
2024/02/29 亥之子餅。
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