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【大人の自由研究】vol.1 謎の卵の産みの親を追え!【前編】

「池のカイツブリの巣に、大きな卵がありましたよ」
舞台は東京・吉祥寺の井の頭公園。毎日のように顔を合わせる鳥仲間の言葉は、にわかに信じがたいものだった。

カイツブリは全長26cmほどの小さな水鳥。水上でくらし、水中に潜って魚やエビなどを捕食する、潜水のスペシャリストだ。

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カイツブリは、ヨシやガマなど水辺に生える植物の茎のあいだや、水面に垂れ下がった樹木の枝先などに水草や落ち葉などを積み上げ、浮き巣をつくって子育てする。

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井の頭公園ではカイツブリと人との距離が近く、人馴れしていることもあって、とても観察がしやすい。シーズン最盛期には、数ペアのカイツブリが池のあちこちで子育てし、ひなを背に乗せて泳ぐ微笑ましい光景を観察することができる。カイツブリは、井の頭池を象徴する鳥と言える。

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私は2000年前後から井の頭公園の野鳥を観察し始め、2005年の夏からは東京を離れているときと台風の日を除き、ほぼ365日の観察を続けている。カイツブリは最もよく観察している鳥の1つだし、NHK「ダーウィンが来た!」で井の頭公園開園100周年の節目に井の頭池のカイツブリを特集したときには、企画提案から番組制作に協力した。それなりに知っていることは多いと思うが、托卵を受ける、つまりほかの鳥から巣に卵を産みこまれる、という話は前代未聞。だいたい、托卵とはカッコウのなかまが小鳥に対して行なう繁殖行動で、国内で托卵するのはジュウイチ、ホトトギス、ツツドリ、カッコウの4種。水鳥の托卵というのは聞いたことがない。冒頭の知人の言葉は、疑わざるを得なかった。

知見豊かなベテラン観察者の話であっても、みずからの目で確かめなければ完全には信じられない、ということは少なくない。今回も百聞は一見にしかず、ということですぐに自分の眼で確認することにした。

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ボート池と弁天池を分けてかかる狛江橋のほとり、ヒメガマが茂る中に問題のカイツブリの巣はあった。卵を抱いて温める抱卵は雌雄交代で行なう。親鳥が抱いているときには卵が見えないが、交代のときが観察のチャンス。短時間ながら、巣ががら空きになるのだ。

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白い卵が大きめに見えるが、どうだろう。私はもう少し近くで、角度を変えて見てみることにした。そして……

「お、大きい!」私は思わず声を出した。

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双眼鏡の視野に入ったのは、2つの小さめの卵とそれよりもひと回り大きい卵。知人の話は、誤りではなかったようだ。謎の卵、大きさの差からしてカルガモか?
でも、いつどうやって、何のために。非繁殖期であるこの時期に。謎と疑問があまりにも多すぎて、頭の整理がつかない。こんなことは前代未聞だし、ここはすべてを決めつけず、慎重に検討しなければならないと思った。

私は以前編集した『ぱっと見わけ 観察を楽しむ野鳥図鑑』を監修してもらって以来、いろいろお付き合いさせていただいている鳥類学者、樋口広芳先生にこの珍事をご報告し、見解をいただいた。
「国内では例が少ないが、世界的にみれば水鳥の托卵はふつう」というのが先生の回答で、参考になる論文も添えてくれた。

これはスクープだ! 胸が高鳴る。カイツブリの熱心な観察者である知人と一緒に、論文にしなければならない。カイツブリがカルガモの「ひよこ」を育てているという、前代未聞のコミカルな光景を想像しながら、メディアに情報を流すタイミングや、集まり過ぎる来園者に観察マナーをどう呼びかけるかなど、あれこれ思いを巡らせた。

後編へつづく

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