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【大人の自由研究】vol.1 謎の卵の産みの親を追え!【後編】

カイツブリの巣に産みこまれた謎の卵。托卵したのはいったい何者なのか。
本当にそんなことあるのだろうかという懐疑的な見方と、きわめてまれな場面に立ち会うことができるかもしれないという期待。前代未聞の珍事に、気持ちは揺れた。

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この「自由研究」は、井の頭池のカイツブリを誰よりも観察し続けているKさん、公園全域をくわしく観察しているMさんなどすぐれた観察者と、池で毎朝顔を合わせる比較的観察歴の浅い数人の仲間とでゆるいチームを組み、モニタリング(継続観察)するという設計にした。

Kさんによると、最初の卵を確認したのが2021年8月24日。翌25日に卵は2つに増えていたという。問題の卵は3個めで、2個めから中一日経った27日に産みこまれたようだ。
カイツブリの卵がふ化するまでの抱卵期間は21~25日。2つの卵がふ化するのが9月14日すぎ、遅くとも18日までには2羽のひなが生まれるだろう。問題の卵がカイツブリのものであれば2つめの翌々日ごろに、産みの親がもし(期待通り)カルガモだとすれば、抱卵期間は26~28日なので、9月22~25日にふ化する見込みとなる。樋口先生からは「抱卵期間に差があるので、うまくいくといいのですが」というコメントをいただいた。

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私は毎朝、玉川上水から井の頭公園へ入り、雑木林で観察してから池に降りていく。池の鳥を確認して観察を終え、吉祥寺の駅から仕事場へ向かう。観察の後半となる池では時間があまりないこともあり、そこにいる鳥をひと通り確認して記録したらすぐに離れることが多い。だが、この「自由研究」に取り組むことになったので、池での時間を長めに配分するようにした。

毎日観察するようになって17年目の井の頭公園。思いがけない発見によって、毎日いつもよりもわくわくどきどきしながら観察を続けることになった。仲間も同じ想いで、「わくわくして、楽しくてしかたない」と言っていた。そう、これこそが「大人の自由研究」だ。

私はまず動画を撮影することにした。静止画だけでなく動画を撮っておくことで、実際にカイツブリが抱卵していたことを疑われることなく示すことができるし、メディアが取り上げることになったとき、絶対に動画をほしがる。

橋の柵に腰かけ、池に身を乗り出すポジションでの撮影で、三脚を立てられないので手ブレはご容赦。「高野さん、落ちないでよ」と仲間から声がかかる。落ちやしない、とは言い切れないなという気構えで慎重に撮影。卵は、やはり奥の1個が大きめに見える。撮影しているときには気づかなかったが、抱卵するカイツブリの背後に聞こえる「グワッ、グワッ」というカルガモの鳴き声が意味深な感じだ。

証拠は確保できた。あとは、ふ化するのを待つばかり。林で秋の渡りの夏鳥を探し、池に降りては卵の無事を確認するという毎日が過ぎていった。

そして、迎えた9月13日。1羽めのひなが生まれた。

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このとき、残る2つの卵の大きさは、奥の卵が少し大きめに見えるものの、大きくは変わらないように見えた。そういえば井の頭公園で最もすぐれた観察者であるMさんは、私が写真を見せるまでは「同じ大きさに見えた」と言っていた。カイツブリのすぐれた観察者であるKさんはふ化を確認したあとも、「奥の1つが大きめに見えた」と言っている。

正直、自信がなくなってきた。カイツブリとカルガモの卵の大きさの差はもっと大きいはずだ。最初に撮影した写真は、角度の違いによる見え方の問題だったのだろうか。仲間の一部からは「カルガモではなく、バンなのでは」という声もあがった。たしかにカルガモだと予想しているのは、最初の写真で問題の卵がカイツブリの卵よりも2回りも大きく見えたからで。ほかの鳥の可能性だってある。だが、バンがカイツブリの巣にいつどうやって産卵するのだろう。あまりピンとこなかった。もっとも、それはカルガモにしても同じなのだが。
ちょっと気落ちしていた私は、そんなときに決定的なものを見つけた。見つけてしまった。

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これはカイツブリの卵の標本で、井の頭自然文化園分園に展示されているもの。同じ卵を角度違いで撮影してみた。かなり大きさに差があるように見える。今回の珍事、これで説明がつくのではないか。

つまり、最初に撮影した写真の3つの卵の「見え方」によって、私をふくめてほとんどの観察者が、1つの卵が大きいと思い込んでしまった、というのが真相である可能性が高くなってきたのだ。写真のマジック、トリックとでも言えるだろうか。

いずれにしても、ふ化は近い。やがて、答えは明らかになる。

9月16日。2羽めのひながふ化した。残るは問題の卵1つ。卵が「出現」したのは1日の差なので、カイツブリの卵であれば、遅くとも3日程度で真相が解き明かされる。

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今日こそはと毎日観察を続けたが、卵はなかなかふ化しない。やはりカイツブリの卵ではないのかも。いや、大きさはほぼ変わらないはず。自分の中で考えがブレてくる。

3個目の卵を初めて撮影してからちょうど1カ月経つ9月28日に至っても、卵はふ化しなかった。親鳥は2羽のひなの世話をしながら抱卵を続けていたが、それもこの日が最後となった。

翌日、卵は巣から消えた。無精卵だったのだろう。親鳥が1カ月温めてもひなは生まれなかった。

こうして私たちの「自由研究」は終わった。結果は不完全燃焼。答えが謎のまま、幕は下りてしまった。結局、「自由研究」はムダだったのだろうか。

決してそんなことはない。

都市公園という身近な環境で興味深い発見をし、仲間と協力して継続観察することで調べ、謎を解き明かす一歩手前まで迫ったのだ。なにより、こんなにわくわくどきどきすることは、人生そうそうないもの。

観察から始まる大人の自由研究、これからも楽しんで取り組んでいきたい。

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