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No.7 マッドシティ炎上

 街が怒りで燃えている。聞こえるのは怒声と、剣戟の響き。周囲は殺気に満ちていた。当然熱いし、何か焦げる臭いまで感じられるが、炎上しているはずの建物には何の変化も見られない。そこだけ現実感が無かった。

 この炎は、拡張現実めいたフェイクなのか。

 ここは夢の中のメタバース、マッドシティ。人が眠りに落ちれば、誰でも無意識にログインしている現実の裏側。
 目覚めている者には、ただの夜の街。だが夢の中にいる者が目にすれば、そこには夢のチカラで作り出されたアレコレが重なって見えるだろう。

 仮想空間ではない。あくまで拡張現実なのだ。

勤勉な者も、怠惰な者も。人生の半分は大差なしと言えよう。
なぜなら、人生の半分は眠っているからだ。

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、そう言った。その通りならば、ここは人生の半分を過ごす「もうひとつの現実」。それがこのありさまだ。また、朝まで逃げ回らなきゃならんのか。

「何だよコレは! またどこかで『運営叩き』か」

 粗野な感じの男が、数名の男たちに追われていた。顔も知らない相手だ。何しろ、素顔は仮面で覆われているのだから。襲われる理由すら謎のまま。相手は剣や銃で武装しており、単独では分が悪い。

 どうにか物陰に隠れて、追っ手をやり過ごそうとするも。連中はなかなか警戒を緩めてくれそうにない。

(別の「運営」の仲間と勘違いされたか。とんだとばっちりだぜ)

 男もまた、運営と呼ばれる類の人間だ。ユーザーから恨みをかって、負の感情を一身に集めてしまい「凶暴化」したこともある。いろいろあって毒気が抜けて、元の姿に戻れたが。今度は自分がバーサーカーに追われるとは。

「いたぞ!」
「奴を逃すな!」

 まるで猟犬の如き嗅覚で、男の気配を察知して向かってくる襲撃者たち。

「お前ら! オレは無関係だって言ってるだろうが!!」
「誰だっていいんだよ、ボコれるならな」

 最悪だった。理不尽の極み。

(これが魔女狩りってヤツかよ…!)

 行き場の無い、不満や鬱屈。現状への怒り。それらを発散させるために、人類が歴史上何度も繰り返してきた行い。その矛先が今、男に向けられた。

 彼は知らなかったが、このとき表の世界では事前登録者100万人をゆうに超える「ビッグタイトル」がサービス開始初日に大炎上していた。ホントにどうでもいいことなんだけど。そんなんで、夢の中を火事にするな。

「オレ様をなめるのも、いい加減にしやがれ!」

 男が背負った剣を抜いた。片手半剣の刀身に火が灯り、襲撃者のひとりを逆襲する。

 なかなかどうして、男は腕が立つらしい。わずかな間だけ、多勢に無勢を強引に勢いで押し返す。それなりに修羅場を潜ってきたようだ。
 だが相手が多すぎる。その上、凶暴化で戦闘力が底上げされていては不利が否めない。たちまちリンチも同然の状況となった。

 そのとき。どこからか女子の声が聞こえた。

「ボクちゃん、アクアブレスですの!」

 次の瞬間、男と襲撃者たちがまとめて激しい水流に襲われた。まるで消防車のホースから散水されたみたいに。もちろん立ってはいられない。

「ちっ」
「興醒めだ、他を当たるぞ」

 ずぶ濡れになった襲撃者たちは、起き上がるとなぜか。男への攻撃を中止してそそくさと去っていく。

「どうなってんだ、こりゃ」
「文字通り冷水を浴びせて、憎悪の火だけを消し去りましたの」

 助けられた男が、視線を向けた先には。褐色肌で小柄な娘の姿。いかにも活発そうな、勝気な瞳。胸元の豊かなふくらみをアラビアンな衣装に包み、顔のある三日月型の斧を手にして。

 隣にいるのは、青魚のように光る鱗を持ったチビドラゴン。こいつが水流を吐き出したのか。

「お前に助けられても、礼は言わないからな」

 両者は旧知の間柄らしい。が、どうにも友好的とはほど遠い雰囲気で。

「それで結構ですの。たまたま襲われたのが、あなただっただけ」

 交わした言葉は、それだけで。翠玉の髪の娘と、付き従う小さな竜は次の「火災現場」へ、夜の街を駆けてゆく。よほどの犬猿の仲なのか。

「ヒーロー気取りか」

 背後からの言葉に、娘は振り返って。

「憎むな、殺すな、赦しましょう」

 現代日本の「大いなる冬」は、まだまだ2年目。先は長い。

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